第19話

「……聞いていない」


 少女は、呟くようなトーンで、そう言った。

 或いは、驚いていたようにも感じ取れる。


「聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない、聞いていない!!」


 そりゃあ、そうだもの。

 言っていないからな。或いは、言う必要もなかった——とでも言えば良いのか?

 少女は『光の石』を握ったまま、こちらには聞こえないぐらいの小さな声で何かを呟く——それは間違いなく、詠唱だった。

 そして、何発もの炎の弾丸が撃ち放たれる。

 けれども、結果は何一つ変わりやしなかった。

 弾丸が来たのなら、その分だけ衝撃波を生み出せば良いだけの話だ。

 そして、弾かれれば弾かれるほど、少女の顔はさらに青ざめていく。


「……何で。何で! 聞いたことがない、あんな魔法! 魔法は五大元素、それに準ずる魔法しか生み出せていないはず。だのに、あれは、まるで魔法を打ち消す反作用をしているような……」

「分かっているんじゃないか。なら、及第点か?」


 声がした。

 それと同時に、少女のすぐ横に強い風が吹いた。

 しかし、それは鋭い刃と同等の威力を保持しており——そう分かったのは、風が吹いた後に、少女の頬に生温かい感覚があったからだ。それが血であることに気付くまで、そう時間はかからなかった。


「……っ!」


 振り返る。

 そこに立っていたのは——翼だった。


「何故、ここに?」

「何故、って。それぐらい分かっているでしょう? きみは今追われている立場で、ぼくは守らなければならない立場なんだぞ? きみが何処に居て何をしているのかぐらい、手玉を取るように分かるさ。……それに、言ったはずだぞ。きみの魔法では、敵を倒すことは出来ない——って」

「そりゃあ、確かに……」


 翼は、『光の石』を握っている。

 それは今にも直ぐにもう一撃を喰らわせる機会を窺っている、と——そう言いたげな表情を浮かべていた。

 目の前に居るのは——魔法都市『東響』に住まう有象無象の魔法士のトップ——七つ星だ。

 しかし、少女もまた、ここで足踏みしてはいられないと思ったのだろう。

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、言った。


「七つ星がバックに居ることは知っていたけれど……、まさかこうも簡単にやってくるとは思わないじゃんかよ!」

「リスクヘッジも伴わないで、何が戦闘だと言えるのかな?」


 翼の問いに、少女は怯む。

 しかし。

 しかし。

 しかし、だ。

 そんなことを言ったところで、その言葉を否定したところで——戦況が一変するはずもない。


「一瞬で終わらせよう。この戦いを」


 その言葉が切欠だった。

 ぽつり、と翼が何かを呟いた。

 それは、紛れもない魔法の詠唱だ。

 刹那、地面の砂が巻き上げられ——それが竜巻と化す。


「さあ、覚悟は出来ているかな? ……襲撃者クン?」


 そして、竜巻は少女めがけて突進していった——!



 ◇◇◇



 数十分後。

 おれと翼、そして襲撃者の少女はサターン・アカデミアに居た。

 あのあと、直ぐにジュピター・アカデミアでは大事になってしまったのだが、翼が何とか言いくるめてことなきを得たらしい。本当にそれで解決してしまうのだから、七つ星が持つ権力は窺い知ることを知らないぐらい規模が大きいのだと感じる。

 少女の両腕は、手錠でつながっている。それだけでは危険なので、『光の石』も没収されている。そしてその石は紛れもなく、この東響で作られたものである——それを聞いたおれは、思わず身震いしてしまった。


「それじゃあ、これは内部の人間の犯行、だと……?」

「だから言っただろう。彼女……柊木さんを狙ったのは間違いなく魔法士で、そいでいて『光の石』を自由に持ち出し出来る七つ星だって。七つ星だったら、こんな風に依頼して下っ端の魔法士を使うことだって、そう難しい話でもないだろうね」

「そりゃあ、確かにそうかもしれないけれど……」

「未だ納得いっていないようだね?」


 翼は笑みを浮かべて、こちらに訊ねる。


「……ともかく、これからどうするかは決めておかないと。七つ星の中から、一般人を傷つけることを目的に魔法を使う存在が出てくるなんて、正直七つ星の称号を悪用していると言っても良いだろうからね。徹底的に追い詰めるよ」


 その言葉に、おれは何も言い返すことは出来なかった。


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