第17話
「いえ……。頭を上げて下さい。」
ブラジェナが促すと、数秒後にクートは頭を上げた。そして微笑を浮かべる。ブラジェナの研究所に素材を融通するとのことである。実際には王宮を通してのやり取りになるであることが分かる。ブラジェナは弾んだ声でお礼を言った。彼女は自分の目が輝いているのが分かった。クートはこちらこそ、と頷く。
記録に関しては後日研究所に送るとのことである。ブラジェナは笑顔で頷くと、研究所の住所を書いた紙を渡した。クートは微笑みながら受け取る。
クートは王都を見て、黒褐色の目を細めた。
「静かになったんですね。先程は賑やかでしたが。」
「はい、バレンタインと言う行事でも、暗くなってから花を投げ合う人は少ないようです。」
「そうですか……自分は王都や他の街を回ることはありますが、バレンタインと言う行事は初めて知りましたので。」
そう言う物なんですね、と微笑むクートに苦笑した。多分初めてでしょうね。
ところで、とクートは横に視線を向けた。少し離れたところで、ジーノが立っている。
「私はあまり王都勤めのジーノ隊長とは会ったことがないのですが……。彼と面識があったんですね。」
「ええ。」
クートは目を細める。心なしか羨ましそう。でも、そうよね。王都の騎士団は、他の騎士団にとって憧れの対象だし。良ければ話してみますか?私は暫く見回り一人でも構いませんし、とブラジェナは言った。
クートは一瞬黒褐色の目を輝かした。しかし一度目を瞬かせると、その光は隠れる。そして彼は苦笑した。
「暗くなってから女性一人で街を回るのは危険なので。」
少しお待ちいただけますか、とクートは言うと、ジーノの元へ向かい、話しているのが分かった。興奮しているのか声が若干大きく、内容が聞こえそうになる。彼女は意識を逸らした。多分憧れてる、とかの内容かしら。最後に、二人は握手をしていた。
そしてクートは笑顔を抑えきれない、と言った様子で口元を緩めながらこちらに戻って来た。ブラジェナは苦笑する。鍛えられた身体の上で顔は子供のように目を輝かせている。仕事の時の態度とは違うわ。感情豊かね、と彼女は思った。
クートは再度ブラジェナにありがとうございました、とお礼を言う。
そこで、ふとブラジェナはある考えに思い至った。ジーノにいつクートさんと知り合ったのか聞かれそうね。彼女は顎に手を当てて考え込む。説明が難しいわね……。いつか伝わりそうだし、ジーノには話した方が良い気がするわ。
ずっと自分を見ながら考え込むブラジェナに気付き、クートは黒褐色の目を瞬かせた。
「どうかしましたか?」
何にせよ、クートさんに聞いた方が良いわね。ブラジェナは瞬きをした後、彼に話を切り出した。彼は最初それは、と渋った。しかし、彼女がいずれ伝わるのではということと、怪しまれると言うと、最終的に頷いた。
「くれぐれも、ジーノ隊長だけにして下さい。」
強い視線で念押しをするクートに、ブラジェナは首を縦に振った。
「勿論です。」
クートはブラジェナとジーノに別れの挨拶をする。そしてやや軽い足取りで去って行った。
クートが去った後、ジーノが近寄って来る。彼は目を細めると、真顔で顎に手を当てた。
「今の方は、マイナーフェ街の騎士団の部隊長らしいですね。面識があったんですか?」
どうしたのかしら。何処で知り合ったのか気になるのは分かるけれど……。ブラジェナはジーノの探るような目付きを疑問に思った。
ブラジェナはクートが去った方角を一瞥した後、首を縦に振った。
「ええ、今日の昼間に。」
ジーノが目線で続きを促すので、口止めをした後、ブラジェナはクートと会った際のことを話した。
やっぱりこうなったわね。誤魔化せるか分からないし。クートさんに聞いておいて正解だったわ、と彼女は心の中で安堵のため息をついた。
ジーノは時折頷きながら話を聞いていた。
「そのようなことがあったんですね。」
ジーノは納得したように頷いた。モンスターが街を襲うとことなく討伐されて何より、と彼は微笑む。そして、ブラジェナに目を向けた。そして、目を細めながら、やや真剣な声色で言った。
「ブラジェナ様が行かなかったと言うことで。安心しました。」
普段の調査を見ると行きかねませんし、と彼は笑う。それにブラジェナは食ってかかる。ちょっと、私を何だと思っているのよ!
「流石にそこまで無謀じゃないわ!」
眉を吊り上げ、拳を握りジーノに詰め寄るブラジェナ。そんな彼女にジーノは眉を下げて謝罪した。
「申し訳ありません、ブラジェナ様。しかし、普段の調査の様子より、ブラジェナ様は行きかねないと思い……。」
先程は犯人を追いかけていましたし、と付け加えるジーノ。ブラジェナは彼がやや棘のある目付きで自分を見ていることに気づく。彼女はそれにたじろいだ。
ブラジェナは普段調査の時に、複数人の研究員で行くこともあれば、一ヶ月前のように一人で行くこともある。一人の時でも最低二人は騎士団や魔術師などの護衛が付く。調査の際にモンスターと対面することが時々ある。彼女は魔法薬を投げてモンスターを弱体化させるのである。
護衛がいるので本来は望ましくない。しかし彼女に付く護衛の人達はもはや諦めたようで、モンスターに近寄り過ぎない限り止めることはなくなった。
暫くして、ブラジェナは普段の自分の様子を思い出し、やや落ち着いた声で言った。
「流石にそこまでのことはしないわ。」
ブラジェナは同時にあることを思った。悪戯っぽい笑みを浮かべてジーノの顔を覗き込む。
「心配してくれたのかしら?」
「ええ、勿論です。」
ジーノは即答し、頷いた。揺らぐことなくブラジェナを射抜く強い視線。磨かれた鉱石のような曇りのない瞳。それに彼女は息を呑み、一歩下がった。口を数回開閉させた後、小さな声を出す。
「そう……。」
そ、そう……。そんなすぐに答えるのね。ブラジェナは頰が熱を持つのが分かった。
ある時、ブラジェナはふと考えた。ジーノは普段の護衛だとモンスターに向かっても怒らないのに、何故怒ったのかしら?前も怒られることがあったし……。ブラジェナは眉を寄せた。
護衛以外だし、危険だからかしら?騎士だし、私は市民だからってのもあるでしょうね。そこまで考えて、一瞬だけ胸に刺すような痛みが走った気がした。……ま、まあ私とジーノは……友人だしね。
◇◇◇
王都の端にて。ブラジェナ達が見回りをしている時。ジーノが呼び止められた。
「ジーノさん!ちょうど良かったわ!」
「どうかしましたか?」
何?ブラジェナは目を瞬き、左に視線を向けた。ブラジェナよりは少し年上に見える女性が胸の前に手を当てて立っていた。ジーノが彼女に大丈夫かと声をかけている。彼女は息を整えると、問題ないと告げた。
女性はルイーザと名乗った。騎士団に連絡しようとしていたと鋭い眼差しで言うルイーザは、身振り手振りで説明をし出した。
ルイーザが言うには、街にモンスターが出現したらしい。え?ブラジェナは思わず顔が強張る。ジーノは鋭い目付きで続きを促した。
ルイーザは夫──レーヴィと八百屋を開いているということである。レーヴィは今出掛けていて、暫くしないと戻れないらしい。小型モンスターと言うことであるが、店や商品が荒らされて困っていると言う。
ブラジェナは目を閉じ、顎に手を当てて考え込む。困ったわね。ジーノに視線を向けた。どうするの?視線で問うブラジェナに、ジーノは青紫色の目を瞬かせた。彼はルイーザに視線を向ける。
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