第16話

 歩き出してすぐに、ジーノはブラジェナに目を合わせた。


「ブラジェナ様。魔法薬を使い、あの女の子を励まされたのですね。」


 その言葉に、ブラジェナは目を瞬いた。何で知ってるの?更に、警備員も続けて言う。


「魔法薬で、猫を作ったんでしたっけ?花も。俺、見てみたかったなあ。」


「私も、是非見てみたかったです。」


 ブラジェナは立ち止まると、怪訝な表情で二人を見上げた。


「何故知っているんですか?まさか見てたとか……。」


 鋭い目線を送ると、彼等首を振った。


「いや、俺達は見てませんよ。」

 

 視線で同意を求める警備員に、ジーノは首を縦に振った。


「私達がここで待っている時に、周囲の方の話し声が聞こえまして……。」


 黄色い猫、魔法薬、花、と言う断片的なワードが聞こえたようである。そこから、ブラジェナだと結び付けたらしい。確かに合っているけれど……。ブラジェナは眉を下げ、視線を逸らす。両手を胸の前で組んだ。何か、恥ずかしいわね。


 そんなブラジェナに追撃がかけられる。


「ブラジェナ様は、……優秀な魔法薬研究者ですからね。」


 上から言葉が降って来る。ブラジェナは何かが引っかかった。言葉の主に、視線を向ける。優秀かどうかはともかく。


「確かに私は魔法薬研究者だけど。……どうかしたの?」


 ジーノは青紫色の目を細める。数拍置いてから首を横に振った。


「いえ、何でもありません。」



 騎士団での事情聴取はあまり時間がかからずに済んだ。二人は見回りに戻ることが出来たのである。ブラジェナが犯人を追跡したことなどについては多少注意を受けた。まあ仕方ないわね。


 ジーノは騎士団の仕事を行おうとした。しかし、午後は休みということで叶わなかったのである。彼は眉を下げて笑っていた。ジーノが行事の手伝いしてる情報が周っていたようで、今度振替で休日が出来ると彼は言っていた。


 騎士団の建物を出る直前。人通りが少ない道で、ジーノはふと歩みを止める。ブラジェナは釣られて足を止め、彼の顔を見上げた。そして息を呑む。彼は目を細め、強い視線を彼女に向けていた。ブラジェナは肩に伸し掛かるような重圧を感じた。彼女は身を縮こませる。


 ジーノは笑みを貼り付けたまま、犯人を追いかけたこと、魔法薬を投げたことなどについて注意した。最後に分かりましたか?と彼女の顔を覗き込むジーノ。


 それでも。ブラジェナは片手で握り拳を作ると、目の前の顔を睨み付けた。彼女の口の中は乾いていたが、構わずに言う。


「何もしないなんて、出来ないわ!」


 数秒の沈黙の後、ジーノはふと目元を和らげた。眉を下げながら、苦笑する。


「ブラジェナ様らしいですね。」


 彼は肩を竦めながら続けた。


「……私が何も言っても、貴方は動くんでしょうね。」


 空気が変わったことに、ブラジェナは内心安堵した。ジーノは自分や周りに相談するように、と言った。分かったわ。ブラジェナが首を縦に振ると、その後彼は何も言うことはなかった。


 ちなみに魔法薬についてはその後ちゃんと記録したわ。今回使用したのは新薬の身体強化の効果の魔法薬。更に支給された麻痺効果、そして相手の動きを鈍化させる効果のある魔法薬。頭上から物言いたげな視線を感じたけど、無視したわ。


 一応仕事だし、仕方ないわよね。彼女の頭上からはため息が聞こえた。


 ふとブラジェナは、前も同じようなことがあり、怒られたのを思い出した。



 時計は夜の五時を指している。


「大分暗くなったわね。」


 ブラジェナは空を見上げた。日は既に沈み、昼間は乳白色だった雲は灰色へ、そして現在の黒へと移り変わって行った。街では街灯の黄色が道を照らしている。


 この時間になると、バレンタインで投げ合う人は少なくなっていた。しかし全くいないわけではない。店や屋台などに集まる人もいるため、ブラジェナ達の見回りは続いている。


 ジーノと並んで歩いていると、道で声をかけられた。


「そこのご婦人。……ブラジェナ様。」


 昼間に聞いた声に、ブラジェナは視線を向ける。道の端に、黒褐色の短髪の見覚えのある騎士の制服を着た男性が立っていた。


 彼女はジーノに少し待ってて、と声をかけると、男性の元へ歩いて向かう。男性はブラジェナの背後のジーノに気付いたようで、驚いたように目を一瞬見開くと、頭を下げて名乗った。ジーノも名乗り返す。


「クートさん、王都に戻っていたですね。」


 挨拶が終わったのを確認してからブラジェナが声をかけると、クートは彼女に向かって微笑んだ。昼間と比べて、彼の纏う空気は柔らかい。


 彼はブラジェナに視線を合わせてところどころぼかしながら話し出す。脅威は去ったこと。ブラジェナが渡した魔法薬が大変役に立ったこと。


「お陰で私……俺の隊員が負傷せずに済んだ。ありがとう。」


 クートは胸の前に手を当て、お辞儀をして微笑む。彼は敬語ではなく、普通の言葉でお礼を言った。ブラジェナは首を横に振った。


 彼女が名乗りは聞いていたものの、気になり尋ねる。彼は王都から少し離れたマイナーフェ街の魔導騎士団の十一番隊の隊長だと話した。何となく予想はしていたわ。そして彼の街の騎士団長がお礼を言いたい、とのこと。そんな、私は何もしていないわ。


 ブラジェナは自分は魔法薬を渡しただけで、何もしていない、と言った。それにクートは眉を下げる。彼女はそう言いそうだと話し、団長に任され自分が代表でお礼に来た、と。そして彼は胸に手を当て、頭を下げた。


「魔法薬、ありがとうございました。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る