空を越えた島と鉄の魔術師
清水らくは
鉄の魔術師
1-1
立派な木造の建物を前に、スドアは憂鬱な表情をしていた。
建物は、小さな無人島の真ん中に建てられている。誰も暮らさない島になぜきちんとした建築物があるのか? それは、漁師小屋などではない。
この島は「交渉島」と呼ばれている。西島と東島の代表が定期的に会議を開いているのである。
スドアは、西島の代表だった。まだ20にならぬ青年で、中肉中背、内気そうな顔つきである。彼は島主の五男であり、二年前から代理人として東西会議に参加するようになっていた。
「生きて帰れますように」
そう言ってスドアは、会議をする建物へと入っていった。
実際、かつてここでは死者が出ている。ジャカラヤの国は主に二つの大きな島からなるが、両島は非常に仲が悪い。内戦になったこともあり、話し合いもなかなか上手くいかない。交渉島での会議中にも争いになったことがあり、そのため島主自身は参加しないことになったのである。長男を避け次男を避け、島主を継がぬと思われる子供が会議に参加するようになっていった。
つまり、スドアは最初から殺されるかもしれないとわかっている立場なのだ。
東島の男は、伝統的に屈強で血の気が多い。人々がジャカラヤに住み始めた当初は西島の方が食料がたくさんあり、東島は苦労していた。しかし西島は海鳥を獲りつくして、果実も食べ尽くしてしまった。それに対して東島はタロイモの栽培に成功し、食料的に安定したのである。
西島に食料を分けてもらえなかった歴史を、東島は忘れていない。
現在は西島の方が圧倒的に立場が弱い。とはいえ、交渉に弱気は禁物である。島の人々のため、できるだけ有利に話をすすめなければならない。
「早く今日が終わりますように」
スドアは暗い顔のまま交渉の席に着いた。
「申し訳ありません、私のせいで……」
会議が終わり、東島の面々はすでに帰っていた。交渉島には、スドアとその補佐の男が残っていた。男は護衛であり漕ぎ手である。
「謝らなくていい。誰にでも体調不良はある」
男は会議の間に気分が悪くなり、顔面蒼白になっていた。部屋の隅で横たわっているが、なかなかすぐには動けなさそうだった。
「しかしスドア様が帰ることが……」
「一日帰らなければ迎えが来ることになっている。食料も明日の朝まではある。たまにはこういうのもいいじゃないか」
昔はどちらの島も10人ほどで訪れ、にらみ合いが実際の戦闘に発展することもあった。だんだんと争いを避けるためにお互いの人数は減り、今ではどちらも2人か3人で交渉島に訪れることになっている。
そうなれば争いは起きにくいのだが、不慮の事態に対処することも難しくなる。いまがまさにそのような状況だった。
「スドア様は……慌てないですね……」
「ああ、まあ、そうかな。帰れることだけが願いだから」
「はは……」
次の日の朝、男は冷たくなっていた。スドアがどれだけ声をかけても返事はない。
「死んでしまったのか……。やはり生きるというのは、特別なことだ」
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