第6話


 バアルが椅子から立ち上がり――「そろそろ第二拠点に移動するぞ」と言った時、指輪からバチバチと電流が走った。


 これは探知系の異能を持つ部下からの報告であり、「…………ッ!」バアルは即座に大魔術を発動した。


「「「――――ッ」」」


 三人が息を呑んだ瞬間、山ごと施設が吹き飛ぶ。容赦なく炎の大魔術に貫かれていた。爆発の様に大きく広がる炎の渦。


 それが一瞬で黒く染まった。その色は封印術の証である。封印術が混ざった魔術で傷を受ければ、あらゆる回復手段は封じられる。


 体の傷を素早く回復できる魔族も例外ではない。


「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」


 レジーナの邪悪な笑いが森を包む。心の底から他人を見下した声色だ。どちらが魔族なのか分からないほど、あまりにも心が感じられない傲岸不遜の態度。


 現代最強と謳われるレジーナ=カーヴェル。彼女を相手に奇襲を許してしまうなど、マモンとバアルは間抜けにも程がある。


 黒い炎が消え、舞い上がった砂煙を振り払い、「…………クソがぁッ!」とバアルは叫んで夜空を見た。睥睨し嘲笑を止めないレジーナと彼の視線はぶつかる。


 完全に相殺できず、バアルは片腕を失い、肩から腹部に傷が届いている状態だ。


 肉体は魂の器である。体の負傷は、魂の負傷。それ故にバアルの魔力は今、著しく低下してしまった。


 彼が「殺してやる……!」と言い踏み出そうした時、「やめろバアル……!」とマモンが制止する。


「アイツの力を知っているだろう? 勝てる相手じゃない……」


 普段は闘争心剝き出しなマモンが、冷や汗を掻いている。「昔、無傷の状態で戦った時ですら俺達は負けたんだ。冷静になれよ」


 何も言い返せずバアルは「く…………ッ!」と歯噛みする。


「レジーナ=カーヴェル。何故、ここが分かった?」


 マモンが空を見つめ、眉を顰めがら尋ねる。だが、そこにレジーナの姿はなかった。


「私も知らんな。ただ教えられただけだ、ここに間抜けな魔族が隠れていると」


 レジーナは焼け焦げた地に降り、5メートルほど近くに見える三人の姿を眺めながら、ゆったりとした足取りで近づいて行く。


「「「…………ッ!」」」


 三人が絶句する。全力で警戒していたのにも関わらず、いつの間にか接近されていた。あまりにも激しい動揺と緊張で、心臓が締め付けられる。


 早く距離を置きたい。すぐさま逃げたい。だが緊張の紐を解くような気がして、自然と硬直してしまう。


 普通は魔力感知が急接近した瞬間、体感時間を引き伸ばす。だがレジーナは相手の魔力感知を妨害する術に長けていた。


 異能ではなく、単なる技術。卓越した技量によってレジーナは、感知される事なく簡単に接近したのだ。


「随分と元気そうだな、二人共。姿が変わろうと分かる、お前等は少し強かったからな」


 五十年も前の話だが、レジーナは戦いを覚えていた。偉そうな割に手加減されている事にすら気づかなかった雑魚として、マモンとバアルを覚えていた。


「これが異能の結晶か……」


 周囲に散らばった結晶を見て、「異能の結晶化。確かに恐ろしい錬金術だな」と何気なく口にした。


「…………ッ!」


 普段は冷静なウェンディが激しく動揺する。何故この場の三人しか知らない事を、レジーナが当たり前の様に口にしているのか、理解できなかった。


「……魔族は魂と異能が融合し、〈霊体〉に進化した存在です。残念ながら魔族に、〈異能の結晶化〉は効きませんよ」


 ウェンディは無駄に頭が良い分、余計な邪推をしてしまうらしい。レジーナは呆れ交じりに「勘繰るな。魔族を殺す術は他にある」と笑う。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 呪具を使えば、一時的に強力な異能を扱える。しかし一度でも使用すれば、魂に大きな障害を残す。


 そんな有害なアイテムを、レオンは同時発動させている。


 だが、それよりも恐れるべきはレオンの魔力防御である。斬撃を食らっても、レオンは大して傷付かない。


 技の練度が足りないのだ。自分の剣ではレオンに勝てないと、オロバスは嫌な汗を掻いて距離を取る。


 魔術なら魔力防御を無視できる。だがレオンは姑息にもアリスを盾にする気だ。斬撃に比べて魔術の溜めは大きい。そんな隙を与えれば、レオンは当然アリスを盾として構える。


 では逃げるべきかと考えるが、それが許されるほどレオンは弱くない。基本的に対等以上の相手から逃げるのは難しい。


 よほど力の差や大きな負傷が無ければ、逃げるという選択は悪手だ。敵に背を向け、攻撃を止めて走るなんて、どうぞ殺してくれと言っている様な物だ。


 ならばと、オロバスは剣を捨てた。


「――――ッ!」


 初めてレオンは防御に集中した。オロバスの拳に合わせ、彼は剣を振るう。だがパキッと音を立て、剣が欠ける。


 肉体同様、剣も魔力で強化している。だが魔力防御を突破されてしまう。


 ゲームと同じく、体術スキルは魔力防御を軽減できるらしい。容易く剣を折る事に成功した事で、オロバスは追撃の手を緩めず踏み込む。


 だが「――――ッ」オロバスは腕を叩き折られてしまい、激しく動揺した。


 別に腕が叩き折られた事に動揺した訳ではない。激しく動揺の理由。


 それはレオンが握っている剣に刃先が付いていたからだ。攻撃を受ける直前に彼は目撃していた、壁に剣を刺すレオンの姿を。


 あまりにも素早い錬成速度。折られた瞬間に後ろに飛び、剣を壁に刺す。そして壁を水の様に溶かし、刃先に変えながら剣を振るって攻撃した。


「くそ……」


 こんな事ができるのは魔女と恐れられたリリス以来だと、オロバスは苦笑する。予想できる訳はない。今のは仕方がないと、体勢を立て直す。その時――。


「「――――ッ!」」


 数百キロ以上離れた距離だが二人は気づく、大きな魔力の気配に。


「焦った方が良いんじゃないか?」


 口角を上げ、レオンは邪悪な笑みを浮かべる。レジーナが来ているという事は、此処に辿り着くのは時間の問題だ。


 そろそろ諦めてくれるだろうと、レオンは確信する。何せ魔族は自分を不滅だと思っている。長い時間生きており、死を恐れないはずだと、彼は考えていたが――――。


 眩い発光が辺りを包む。これは大魔術の気配である。


「――――ッ!」


 アリスが動揺し、体が硬直した。


 それに比べてレオンは焦りながらも合理的に踏み出す、オロバスが大魔術を発動する前に殺そうと。


 魔術は溜めが長い。つまり大きな隙が生まれるという事。


 早く魔術の発動を中断しなければ防御できないと、レオンは考えながらオロバスの心臓を貫く。


「…………ッ⁉」


 呆気に取られるレオン。心臓を貫ぬかれ、オロバスの体に亀裂が入る。魔力防御の低い彼ではレオンの攻撃は受け流せなかった。


 だが――大魔術は止まらない。


 眩い光が球体となり、そして大きな雷となって施設ごと山を吹き飛ばした。レオンの魔術による相殺が間に合うはずもない。

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