第5話
「燃やすのは衣服だけとか、そういうの先に言ってよ……」
拗ねた様に、涙目でアリスは口にした。不満タラタラといった様子で衣服を着ている。髪は湿っているのは、先程お湯で体を洗浄されたからだ。
タオルで拭いてはいるけど、まだ少し濡れている。
「あれ? 僕、何か悪い事した? 女ってサプライズが好きって聞いたんだけど……」
冗談めかして、飄々とレオンは口にした。案外、悪戯好きらしい。ニヤニヤと、楽しそうに笑っている。
「……私をコケにしてくる男の子なんて、貴方が初めてよ」
顔を真っ赤にしてアリスはレオンの背中を睨む。
冗談を言っていいタイミングじゃないでしょとは思うものの、安堵した気持ちで憤りより呆れが勝ってしまう。
「もう大丈夫よ」
裸の上に白シャツを着て、黒い短パンを穿く。
「…………ッ!」
レオンは気配に気づき、「背に掴まって」とアリスの腕を勢いよく引っ張り、背中に乗せる。しがみつきながら、「な、何……?」と彼女は焦りながらも心臓が高鳴る。
何せアリスは殆ど男と関わらず生きていた。
ここまで密着した経験などあるはずもなく、意識するなという方が無理だ。そもそも牢まで助けに来てくれた彼は、多少気になる存在だ。
意識しない様にと思うほど、アリスの心臓は鼓動を早める。
「オロバスか……」
少し歩き、通路の奥を見た。
「よく気づいたな……」
曲がり角から茶髪の青年――オロバスが現れる。貴族の様な正装で落ち着いた雰囲気を纏っており、足取りの焦りがなく少しづつレオンに近づく。
当然だがオロバスに焦りはない。気配でレオンが魔族ではないのは看破している。であれば、どれだけの天才であろうと高が知れている。
そう思っていたが――「何故、大魔術を使用しない?」というレオンの言葉に、オロバスの足はピタリと止まる。
「ここは遮魔という特殊な鉱石で作られた施設だ。内と外で魔力の気配を完全に遮断している。俺がここに入り込んだ時点で、外から大魔術を放ち、施設ごと俺を殺せばいい。何故そうしなかった?」
もう答えを知っていると言わんばかりの挑発的笑み。レオンは「よほどアリス=ローレンスが大切なんだな」と、見透かした様に追随した。
「…………」
否定せず、眉間に皺を寄せオロバスはレオンを睨む。
「はやりな。この女はお前らにとって、肝心要の存在だ。オロバス、魔術を使いたいなら好きにしろ。ただし、コイツに当たっても俺は知らんぞ」
レオンは邪悪に笑いながら脅迫した。恐らく本気だと、オロバスとアリスは察する。
何故なら本気でアリスを盾にする気かどうかなんて、戦っている内に嫌でも分かる事だからだ。嘘を吐く理由がない。
「お前、カーヴェル家だな?」
オロバスは察した、レオンがカーヴェル家だと。金髪と顔立ちがレイラと似ており、何よりヘラヘラと冷徹な判断する態度が、レジーナを彷彿とさせた。
少しショックを受けたが、聡明なアリスは納得していた。
自分が盾となり状況を脱せるなら儲け物である。というかレオンが自分を背負った状態で、正々堂々とオロバスと戦う方が危険なのだ。
そうな甘い立ち回りをすれば、自分もレオンも助からない。そうアリスは冷静に結論を出していた。
「あぁ。よく分かったな」
レオンは隠しもせず、飄々した様子で答える。
「……レジーナかイーリスが来ているのか?」
分かり切った質問だ。オロバスは質問自体に大した意味はなく、ただレオンの様子を静かに伺う。
レオンの負けると微塵も思っていなさそうな、余裕の態度。その自身の源泉は指に付けたリングだと、オロバスは考えた。
そのリングは隠す気もなく、禍々しい気配を漂わせている。恐らく刺し違える覚悟なのだと、目を伏せてオロバスは判断した。
カーヴェルなら不思議でもない。彼は何度も見てきた、カーヴェルの狂気的な戦いを。カーヴェル家はどいつもこいつも頭がおかしい。
相手を殺す為なら平気で死を選ぶ。刺し違えても敵を殺す。民や仲間を巻き込んでも、敵を殺す。そういう覚悟が決まった狂人達ばかりだった。
その所為で何度もオロバスは殺された。数百年、カーヴェル家の人間には煮え湯を飲まされてきたのだ。
レオンの様な若い相手は初めての事だが、それでもカーヴェル家なら納得できる。
レジーナなら実子にだろうと、刺し違えても魔族を殺せと言えるだろう。目に浮かぶ様だと、オロバスは溜息を吐く。
「当然だろ? マモンとバアルを始末した後、母さんが此処に向かってくる。俺はお前を足止めするだけでいいって訳だ」
レオンは脱力して剣を構える。見るからに突きとカウンターに特化した剣術だ。
構えと魔力の動きに無駄がなく、研ぎ澄まされた集中力と気迫が感じ取れる。そして魔力はオロバスより若干低いが、帝国の元帥に並ぶほど強力だった。
レジーナに連れて来られただけはあると、オロバスは冷や汗を掻く。
「――――ッ!」
アリスもまた、レオンの放つ魔力に気圧されていた。今世紀最大の才能と評された自分ですら霞むと、彼女は劣等感を抱く。
乱れのない集中力と魔力。
何より恐ろしいのは、身に纏う莫大な魔力量である。
数十メートル続く通路を呑み込むほど、灰色の禍々しい大量の魔力に溢れていた。こんな光景は現代最強のレジーナですら有り得ない。
万全の状態でアリスが戦っても、間違いなくレオンには遠く及ばないだろう。勝負にすらならない。
それどころか今後、十分に修行を積んだとしても、彼には決して勝てない。そう思わせる程の差を、アリスは理解してしまう。
レオンを見て、魔力を感じて、今まで調子の乗っていた自分が恥ずかしくなった。何が今世紀最大の才能だと、彼女は顔を赤く染めて歯噛みした。
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