第7話「揺れる青」

エピソードへの応援、レビュー、フォローありがとうございます。

こういった作品を書くのも初めてなので、すごく励みになっております。

今後ともよろしくお願いいたします。

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朝の教室。

まだチャイムが鳴る前。蓮はひとり、ノートにペンを走らせていた。

そのページに描かれていたのは、数式ではなく、フォーメーションの図。

丸と矢印。短く書かれた背番号。そして、「7→裏」や「14→カットイン」といったメモ書き。

「蓮、お前……またサッカーの図書いてる?」

後ろの席の友人が笑いながら覗き込む。

蓮はペンを止めて、少し照れたように笑った。

「うん。ちょっと整理したくて」

昨日の鬼塚とのマッチアップが、頭から離れなかった。

あの一歩の速さ。強引に抜かれたあの瞬間。読みは合っていたのに、止めきれなかった。

黒板に書かれる文字が、視界に入らない。

今日の授業内容も、周囲の会話も、まるで膜の向こう側にあるようだった。

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夜。家の食卓。

「今日は学校、どうだった?」

母の問いかけに、蓮は曖昧に「うん」とだけ答える。

夕食は豚の生姜焼き。ちゃんと栄養を考えた献立だと、分かっていた。

「最近、帰るの遅いでしょ。ちゃんと寝てる?ご飯、食べてる?」

「食べてる。寝てるよ」

それは嘘ではない。でも、正確でもなかった。

母は冷蔵庫を開け、小さな容器を取り出した。

チョコレートプリン。

「好きだったでしょ。あんた、ちっちゃい頃、よく疲れた顔で食べてたもんね」

蓮はスプーンを手に取る。ひとくち。甘さがじんわりと口に広がる。

「ありがとう」

その一言に、少しだけ力がこもった。

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練習後のグラウンド。

ライトが一本だけ残されていた。

蓮はひとり、ボールを足元で転がしながらリフティングを繰り返していた。

リズムが少しでも崩れると、鬼塚の姿が脳裏をよぎる。

「いたと思ったよ、お前」

声がした方向に振り返ると、柊が立っていた。

ジャージのまま、ペットボトルを片手に持っている。

「柊さん……どうして?」

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*柊視点

“隠れてたつもりだったんですけどね”

あいつはそう言って笑ったけど、俺は気づいてた。

昨日の夜も残ってたこと。

いや、それだけじゃない。

あいつの目が、最近ほんの少し、変わったこと。

自分の中の迷いを、まだ整理できてないのに、それでも前を向こうとしてる――

そんなやつを、放っとけるわけがない。

昔の俺もそうだった。

飛び級で呼ばれて、まったく通用しなかった。

ただ走るしかなかった。叫ぶしかなかった。

あいつは、あのときの俺よりずっと落ち着いてるけど――

根っこの部分で、同じことと戦ってる気がした。

だから、俺は待ってたんだ。

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柊はボールを受け取り、足元で止めた。

「どうだった、あいつ。鬼塚」

「……強かったです。読みじゃ止められなかった。自分の限界、感じました」

「それ、俺も昔言ったな」

柊の声が少しだけ低くなった。

「俺が飛び級で呼ばれたとき、まったく歯が立たなくて。自分がちっぽけに見えた」

蓮は意外そうに柊を見る。

「柊さんでも、ですか?」

「俺もだよ。でもな――」

柊は蓮の胸を指でトン、と軽く突いた。

「“勝てるか”じゃなくて、“勝つためにどうするか”だろ。お前なら、考えられるはずだ」

蓮は目を伏せ、そして小さく頷いた。

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帰り道。

夜の冷たい風が、頬をかすめる。

蓮は少しだけ上を向き、息を吐いた。

「……やるしかない」

あのピッチで。あの相手に。もう一度、立ち向かうために。

胸の奥が、少しだけ熱くなる。

“革命”の火は、まだ小さい。

だが確かに――蓮の中に、灯り始めていた。

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