第3話 恋とスパイス


コーヒーの香りが狭い部屋に立ちのぼる。

そのなかで、ポンがスマホをぽんっと机に置いた。


「僕は今、いい感じの人がいるよ〜」


「え?」と誠が思わず身を乗り出す。


「カレー同好会で出会ったんだ。大学の女医さん。40代前半? たぶん」


「……いや、お前、インド出身じゃなくてインドネシアだろ」と誠がツッコむ。


「大学前のあのカレー屋、ネパール料理店だよ」と奏が冷静に返し


「誠はインドカレー以外ー食うなよ!」とポンが胸を張る。


「俺、日本のカレーがいちばん好きですからー!……いや、ほんとはネパールのやつもけっこう好き……」

 誠はそっと目を伏せた。タイカレーも今度食べてみよう。

 


 奏は無言でカップを口元に運び、コーヒーをひと口。


「で、その女医さんとはどこまで話したの?」


「昨日の夜もLINEしたよ。ほら、見て」


 ポンがスマホの画面を誇らしげに見せる。


 “お仕事遅くまでお疲れさま”

 “またカレー食べましょう”

 文末には、なぜかやたら多めの絵文字。赤いハートも、しっかり。


「……あれ? なんか普通にモテてない? それ……」

 誠の声がかすかに震える。


「年の差的にどうなの?」と奏が首を傾げる。


「年齢は数字です。心はスパイス。香りが合えば、オッケー」

 ポンはウィンクしながら両手を広げた。


「いや、意味わかんないから」と奏。


「君たちはまだ“恋のスパイス”に触れてない。ターメリックも知らない男たちが、恋愛語るな〜!」


ここにいる全員、恋愛経験は乏しい。似たり寄ったりのドングリである。



 誠はそっと自分のスマホを覗き込む。

 リサからの返信、“りょうかいですー!ょろしくおねがいしますー!”。

 それは短く、絵文字もなく、あまりにも業務的だった。


(せめて……ハート、一個……)


 「……誠の好みって、論文と似てるよね」


 「は?何よ奏。どゆこと?」


 「中身薄いのに、ぱっと見がきれい」


 「それ……言いすぎじゃない……?」


 「表紙と図表が派手で、サマリーだけ流し読みして“よさそう”って思っちゃうやつ。あとで査読でズタズタになる」


 「うわぁ!傷を抉るな!!」



 そのとき、玄関のドアがノックもなく開いた。


「よう。なんかカレーくさくね?」


 入ってきたのは裕太だった。

 大学近くの民間研究所に勤めていて、エグザイルを3で割ったような見た目をしている。


 


 コーヒーの香りに、微妙にスパイシーな匂いが混ざっていく。

 狭い独身寮の一室は、理系男子4人によって、混沌の香りを醸していた。



ーーーーーーーーー


❤️ありがとう。俺に惚れちまったかな?(by裕太)

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