第2話 業務か恋か

朝一番、ピコン、と音がして、画面が光った。


 ――“りょうかいですー!ょろしくおねがいします!”


 


 まことは起きた。

 というより、跳ね起きた。しかも叫びながら。


「ふおぉおおおおおおお!!??」


 


 隣の壁越しにガタン、と何かが倒れる音がした。

 直後、バタンとドアが開いて、寝癖頭のままの奏が入ってきた。


「……うるさい。ここ壁薄いんだけど」


「ご、ごめん……いやでも、リサちゃんから、返事、きた、から……!」


「おめでとう。コーヒー淹れて。僕の分も」


「えっ、勝手に人の部屋入ってきて何その要求……!」


 文句を言いながらも、まことは小さな電気ケトルのスイッチを入れる。

 ワンルームの独身寮の一室。ベッドの隣にミニキッチン。物理的にも感情的にも、あまり余裕がない。


「せまっ……この寮、ほんと狭いんだよなあ……」


「ここ角部屋だから、僕の部屋より広いけど?」


 奏は当然のようにイスに座り、テーブルの上の理系雑誌を無遠慮に開く。


「そういう問題じゃないんだよ……いや、返事きたってことは、これ、前向きなんじゃないか?でも“了解ですー”って何?了解……了解か?それともただの業務連絡……?」


「なんだこの“ょ”は。なんで小さいんだ。気持ち悪い」


「え……そこ?」


「意味が変わるならまだしも、意味が同じで表記だけ変えてる。非効率の極み。業務ではないだろうこれは。」


「いや、意図が大事なんだって、意図が……」


 


 カチャ、と玄関の開く音。

 次に顔を出したのは、鮮やかなパジャマ姿の男――キッティポンだった。


「おー、いい匂いだねー、コーヒー?香りで起こすスタイル?」


「や、違……って、なんで君も来てるの?」


「うちの部屋、Wi-Fiの調子悪いからね!あと誠、奇声あげてたけど、どうしたのー?」


「リサちゃんから返事きたんだって」と奏が代わりに言う。


「ほおお〜〜!返信くるなんて、すごい進歩じゃん!で、なんて?」


「“ りょうかいですー!ょろしくおねがいします!”……」


「業務か!業務か恋か、それが問題だ!」


 ポンは謎に深刻な顔をして、真顔でうなずいた。


 


 かくして、角部屋に理系男子が3人集結した朝――

 誰ひとり、リサの“ょ”に込められた真意を読み解ける者はいなかった。

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