第12話 追放されないように頑張ります5

 洞蜥蜴ケイヴリザードの討伐を終えたあと向かったのは冒険者ギルドだった。半日とかからなかった。

 木造建築でカウボーイが出てくる映画の酒場っぽい作りをしていた。板張りの床には小石が挟まっており、奥に続くほどに石は少なく、自然のグラデーションができていた。ここでヴォルバントさんと別れ、僕はユフィアに連れられてロビーの方へ歩いた。ブーツの底がザラリと音を立てた。


 チェネルはトイレに行くために離れ、ロビーのソファには僕とユフィアが残されるような形となった。


 ソファに座るように促される。目の前のテーブルに飲み物が置かれた。清涼感のある葉っぱを燻し、それを熱湯に溶けださせたものだった。前世で言うところのお茶だ。

 それを貰って飲むと、隣にユフィアが腰を下ろした。


「今君が飲んでいるドリンクも、ソファでくつろげるラウンジも、ギルドの会員になると使えるようになるものだ。君はまだ入会手続きをしてないから、わたしのゲストとして入ることができている。討伐達成報酬を貰ってから会員になりに行こうな」

「はい」


 彼女も一口含んで咽喉を潤した。


「このギルドはあらゆる面倒事の仲介業者だ。そこかしこで自分の手には負えない困り事と言うのが発生している。今回の洞蜥蜴ケイヴリザード討伐などはいい例だな。こういう一般市民では手に負えない面倒事は、ギルドへ依頼が来る。そしてギルドは他のギルドなどと連携を取りながら、依頼内容を掲示しておく。ただ、今回のように達成が難しいと考えられる依頼や、成功報酬が高い依頼は、駆け出しの冒険者には開示されない。経験を積み、何度か実績を上げている冒険者にのみ教えられる。これは、無駄死にするのを防ぐ目的の他、ギルドに長いこと貢献し続けていることに対して与えられる特権のようなものだ」

「と言うことは、ユフィアたちは長いんですね」

「そうだな。ただ、わたしの場合は短くてもすべての依頼が開示される」

「あ。勇者だからですか」

「そうだ。勇者証明書を持っているから。ちなみに、ギルドへの入会や更新にはお金が必要になるのだが、勇者証明書を持った者とそのパーティは免除される。あれを見てくれ」


 ユフィアの指の先を辿ると掲示板に『勇者専用討伐依頼【魔王】』と書かれており、横には依頼主の名前がびっしりと書かれていた。見るとどれも国を統べる王の名前ばかりだ。


「あの通り、魔王討伐もれっきとした依頼なんだ。だが、通常の依頼が受けるも受けないも冒険者側に委ねられるのと違い、魔王討伐だけは勇者が請け負うことが義務付けられている。魔王を討伐できるのは勇者だけだから。だからその見返りとして、本来有料であるものもすべて無料で使用できるわけだ」

「へえ。でもドリンク飲んだりラウンジ使ったり、高額報酬依頼を請け負う権利を優先的に得られたりって、あまりお得感がないですね。世界のために戦うのに」

「今ここで使用できるのはそれくらいなものだが、他にもいろいろある。例えば今夜泊まる宿屋はギルドが経営するものだから、我々は無料で使用することができる。それに、その宿屋が経営する食堂も食べ放題だ」

「おお……生活に困らないですね」

「そうだ。勇者は魔王討伐の旅を続けている間、宿と食事には困らないようになっている」

「あれ? でもそうしたら、魔王を倒さない方がお得なのでは……?」


 と言って、しまったと後悔した。正義感の強い彼女のことだ。こんな不心得な考え、不愉快に思うだろう。しかし彼女はキョトンとした顔で見るばかりで、咎めようとするような素振りは見られない。


「考えたこともなかったな」


 それからハハッと笑った。


「生粋の勇者なんですね」

「単純にわたしが浅慮なのかもしれない。成功報酬を見てほしい」


 目を向ける。他の依頼、洞蜥蜴ケイヴリザードの成功報酬よりゼロが三つ多い。三つ多い。三つ、多い!?

 A級狩人パーティを十分足らずで二組退けたあの洞蜥蜴ケイヴリザードの成功報酬よりも、三つ多い!?


「四人に分配しても一生遊んで暮らせる額だ。宿代や飯代がタダになるなんてサービスがケチに思えてくるんじゃあないか?」


 そうですね。と答える代わりに唾を飲み込んだ。

 え。ちょっと待って?


「つまり、魔王を倒すまでは無料でギルドの施設を使いたい放題で寝る場所もご飯も困らず、倒したら豪遊できるだけのお金がもらえるってことですか……?」

「そうだ。そしてその正式なパーティに、今日から君はなる」


 ユフィアから後光が差していた。


「二人とも、待たせたな」


 ヴォルバントさんの声が聞こえた。見ると布袋を掲げて頭の上で振り回していた。


「チッ」


 誰かの舌打ちが聞こえた。そちらを見ると、どこかで見たような顔の人が居た。


「俺たちの得物を横取りしやがって」


 そのうしろからさらに声が聞こえた。

 そうか。彼らはグゼル洞窟ですれ違ったA級狩人の人たちだ。

 確かに彼らが体力を減らしてくれていなければ、勝つことはできなかっただろう。【神の不正監査ステータスオープン】でジャッジをした他ならぬ僕がそう思うのだから間違いない。けれど、だからと言って成功に対する誹りを受けるいわれはない。それとも本来は、分け合うべきなのだろうか。狩人たちのルールやマナーは僕にはわからなかった。


「横取りだぁ?」


 ヴォルバントさんが片眉を上げてズンッと寄った。ものすごい威圧感だ。狩人たちは眉を引きつらせて後退る。


「おめえらが情けなく尻尾巻いて逃げただけだろうが! 倒せるんならそのまま倒せば良かっただろ? もうすぐで倒せそうかどうかも見抜けねえようじゃあ、狩人としてまだまだだな!」


 ヴォルバントさんの凄みに、彼らは小さく舌打ちをしてラウンジを出て行った。あとには豪快な笑い声が響いていて、ユフィアは苦笑いを浮かべながら僕の方を見ていた。言いたいことはよくわかるけれど、今はまあ、これでいいと思う。


「おやおや、勇ましいことだ」


 聞き覚えのある声だ。振り返ると豪奢な鎧に身を包んだ剣士が立っていた。


「ビゼル!」


 思わず声を出した。彼はこちらを睨んできた。その眼光に射すくめられる。ほんの一瞬だけだったがときを止められてしまったのかと錯覚するほどだった。いつの間にこれほどの貫禄を身に着けたのか。

 彼のうしろには痩身褐色肌の白髪ベリーショートの女性と、ゆったりとしたローブに身を包んだ水色の髪の女性が居た。この三人がパーティと言うことだろう。


「これはこれは、どこの間抜け面かと思ったらロッフェじゃあないか。勇者一行と一緒に居るが、まさかパーティに入るわけじゃあないよなあ? そんな役立たずのなんかスキルで」


 そんなスキルと言うが、ガフの部屋でビゼルに騙されて得た能力だ。わかっていて、寧ろ自分の狡猾さを自慢し、僕の浅慮をバカにするために言っているのだろう。嘲りも堂に入っている。それは村にいたころからだけど。


「ロッフェのスキルは優れているよ。彼のおかげで洞蜥蜴ケイヴリザードも倒すことができた」


 ユフィアが僕の代わりに反論してくれた。


「ははっ。あんなザコの討伐に一役買ったくらいで、ロッフェは偉そうにも勇者一行気取りと言う訳か」

「あんなザコってテメエなあ。それにロッフェは勇者一行気取りじゃねえ。もう俺らの仲間なんだよ」


 ヴォルバントさんがビゼルと僕の間に割って入った。なんとも頼もしい。

 ビゼルはため息交じりにやれやれと言った具合に小さく両手を上げた。


「これだけ頼りにされているってことは、村のやつらが言っていたことも間違いではなかったということか」

「村に帰っていたのか?」

「入れ違いだったみたいだがな。立ち寄ったよ。そこでお前が……ああ、オレの父親を殺したことも聞いたよ」


 ビゼルが演技掛かった口調で天を仰いだ。


「殺した、って。そんな、あれは……!」

「事故だったとでも?」


 その言葉に俯いてしまう。僕に責任がなかったわけではない。もっと強く止めていればと言う後悔はある。そこにビゼルは容赦なく付け入ってくる。


「事故って言うのは、防ぎようのないもののことを言うんだろう? 防げるのに防がなかったのは、人災であり殺人だ」


 ビゼルの口角がくっと上がった。


「父は当日熱があった。他人のステータスを見られると言うのなら、わかっていたと言うことだろう? 働いたら死んでしまうことが。忠告はしたと村の連中は言っていたが、本当に必要なだけの忠告をしたのか? 怠りはなかったか? いいや、怠った。だから死んだんだ」

「なに決めつけてんだおめえ! そのときのことは俺にはわからねえが、ロッフェも村の連中も忠告したんだろ? なら忠告を無視したテメエの親父が悪いんだろうが!」


 ビゼルの確信めいた言い方に、ヴォルバントさんが声を荒げた。


「果たしてそうかな? ロッフェ。もしもお前の父親が同じ状態だったらどうだった? 忠告をしたのにもかかわらず聞く耳を持たなかったとして、働かせていたか? いいや働かせはしないだろう。絶対に止めていたはずだ。それこそ殴ってでも、家に連れ帰ったはずだ。そうしなかったのはひとえにお前がオレの父親に対して悪感情を抱いていたからだ。死んでせいせいしたんじゃなあないか?」

「そんなことは思ってない。でも、すまない。……あのときは、まだ自分のスキルに自信がなくて、止められなかった」

「ほう? そんな自信のないスキルで、勇者一行に入るのか。それはなんとも迷惑な話だ」

「今は違う! 今は自分のスキルのことがわかったんだ。だから力になれる」

「昔は自信がなかったから止められなかった。でも今は自信があるから勇者一行に入る。いやはやまったくなんと便利なものだなあ。ユフィア、いずれにせよこいつの村での仕事ぶりをパーティの中でも期待しているのならやめておけ、いつか死人が出るぞ。オレの父のようにな」


 ハッハッハッと、ラウンジに響き渡るように大きな声で笑った。その一音一音が、僕の鼓膜から心のやわらかい部分に攻め入り、ギュウと握りしめた。


「ビゼル。先ほどお父上が亡くなられたことを知ったばかりなのだ。君の心痛は想像に難くない。ただ、責任のすべてをロッフェに被せるのは筋が通っていない。君が村を出たあとに起きたことなら何年も前の話なのだろう? ならばロッフェはまだ子供だ。そして君のお父様は立派な大人だったはずだ。自分で考えることができたはずだ。なのに、すべてロッフェになすり付けると言うのは、いささか人として無責任が過ぎるんじゃあないのか?」


 その言葉にビゼルは表情を変えないままフンッと鼻を鳴らした。


「さすが勇者様。たとえ偽物だとしても、それだけ威勢がいいと本物に見える」

「偽物だあ!? ユフィアは本物の勇者だ!」


 大声に周りの人々の視線がこちらに釘付けになった。勇者一行と誰かが揉めているというだけでも充分に興味を引く事柄だろう。さらに偽物呼ばわりをされたとなればさらに衆目を集めることになる。

 ビゼルは下卑た笑みを浮かべ、手を差し出した。


「だったら、聖剣を貸してくれないか?」

「な!?」


 ヴォルバントさんの明らかな動揺が、辺りに伝播してどよめきが起きる。

 ビゼルは周りを見回しながら澄ました顔をしている。


「冒険者ギルドに居る連中なら、誰もが知っていることだが、聖剣は勇者でなければ反応しない」


 そう言ってユフィアの元へ歩き出した。そして、彼女の腰に携えてある聖剣の柄に手を伸ばした。聖剣は今、形を成していない。柄だけの状態だ。そのグリップを、握る。


「おおおおお!」


 ラウンジ全体が色めき立った。

 剣身が伸びたのを目の当たりにしたからだ。赤黒い諸刃の剣は大きく、重そうだ。実際、ユフィアは聖剣に引っ張られるような形でよろめいた。


「はははっ。すまないな。オレの力が強いあまりに、大きな剣を出してしまった」


 そう言って柄から手を離すと、一瞬にして剣身は消えた。


「みんな」


 ビゼルは両手を広げてゆっくりと180度のターンをきめた。


「この通りオレは勇者だ。ところが、世界に勇者は一人しかいないという伝承のせいで、オレは勇者を名乗ることができなかった。力に目覚め、聖剣を手にするのが遅かったという理由だけで。だからオレはみんなと同じただの冒険者としてギルドに登録している。毎月の更新料も払い続けている。毎日依頼をこなさなければ、食うに困るのが現状だ。対してこっちの勇者一行はどうだ? 魔王を倒すまでは宿にも食事にも困らず、倒せば多額の報奨金を手に入れられる。同じ勇者なのに、オレだけが不遇を受けている」


 大仰に肩を竦め、演説を続ける。彼を止めることはできない。先の一件で、彼が勇者であるとみんな信じている。ここで彼を否定したり無理矢理止めたりしようものなら、冒険者たちが黙っていないだろう。


「あって良いのか? こんな不遇が。ただ生まれた場所と時間が違うというだけで、これほどの格差が生まれていいのか? 否! 断じて否! 本当に大切なのはいつだって実力だ。血統や経歴じゃあない。今なにができるのかが重要だ。みんなだってそうだろう。勇者よりも実力があるにも関わらず、ただその適性がないというだけで、与えられる環境は雲泥の差だ。ああ! なんという不平等だろうか! 我々が間違っているのか? 否! 世界が間違っているのだ! すべての冒険者に等しいだけの権利と権限が与えられるべきだ。そうは思わないか?」


 ビゼルが辺りを見回すと、みんな頷いた。


「オレはこの間違った世の中を正そうと思う。勇者として! しかし、彼女から聖剣を奪ったりはしない。これは彼女には必要なものだからだ。オレは聖剣の力になど頼らず、自らの実力のみで魔王を倒す。そうすることで、今までの制度が間違っていたことを世界中に教えてやろうと思う! 聖剣などなくとも、志が勇者ならば魔王を打ち滅ぼせるのだと! 証明して見せる! この、ビゼル・ダイヤモンドが!」


 声高らかに言い放ち、両手を大きく広げた。歓声と拍手が沸き起こる。次第にそれは彼を取り巻き、彼の歩行に伴ってラウンジの外へ向かう。「本物の勇者だ!」「飯を奢るよ!」「仲間に入れてください!」そんな声の渦が、徐々に僕らから遠ざかって行った。


 それを、僕もユフィアもヴォルバントさんもただ見送るしかなかった。


 あいつは、前世でもそうだったな。ああやって周りの人間を巻き込んで、僕を加害者に仕立て上げた。虐めることの正当性を、クラスメイト全員に植え付けたんだ。どうやら生まれ変わっても変わらないようだ。この立ち位置は。


 バタンッ! と彼らが出て行った方向とは逆側から扉の開閉音が聞こえた。


「いやー! スッキリしたー! ふぅう! みんなお待たせー……ってあれ?」


 チェネルが閑散としたラウンジをぐるりと見渡し、首を傾げた。


「貸し切りにしたの?」


 場違い的に明るい声に、笑いが込み上げてきた。


「ははっ」


 僕が笑うと、ヴォルバントさんもつられて笑い、続けてユフィアも笑った。


「え、なになになになに?」


 一人困惑するチェネルにユフィアが近づいて行き、ギュウッと抱きしめた。


「ありがとう」


 温かでやわらかい感謝の言葉がラウンジにゆっくりと染み渡った。だから僕は、やっぱりユフィアが勇者で間違いないんだと確信した。

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