第05話 心配なので付いて行くことに2
——思い出した。
記憶はガフの部屋へと遡っていた。
ガフの部屋。それは前世と来世の間。前世で肉体から抜けた魂が、来世の肉体を得られるそのときを待つ部屋だ。
僕は地球の日本で交通事故に遭って死んだ。子供が轢かれそうになっているのを助けたのだった。
目の前に発光体が現れた。無意識的にそれは神だと認識した。
神が僕の魂に話し掛ける。
「来世では良いことが有るように。スキルを授けよう」
スキル?
「さよう。それと、おぬしが蓄えた知識の一端を授ける。おぬしより少し先に死んだ男には説明してある。その者から説明を受けると良い」
神は僕の心の声を聞いて、荘厳な声を響き渡らせて消えた。
ふわふわとした感覚のまま廊下を進む。歩いているのか浮いているのか定かではない。扉を開けるとさらに廊下が続いており、その先には男が立っていた。僕が男と認識できたのは神が言ったからだ。本当は魂魄が宙を浮いているに違いないが、僕には男が立っているように錯覚できたのだ。
男のさらにその先には、モヤモヤとした煙のような空間があった。この先が来世に繋がっているのだろうか。
「来たか」
その声を聞いて、全身の毛が逆立つ錯覚を覚えた。
こいつは、この男は……!
「まあそう熱くなるな。もうオレたちは死んだんだ。来世では仲良くやろうじゃないか」
「誰がお前のことなんか……お前……誰だったか。忘れられるわけないのに、名前が出てこない」
「オレたちは前世の名前が思い出せなくなるらしい。なんでもこのガフの部屋ってところで名前を持ってしまうと、二度と輪廻の輪に加われないんだとか」
「ここにずっと縛り付けられてしまうのか」
「そういうことだ。名前と言うのは、世界に自分を縛っておくための重要なファクターらしい。輪廻とか、オレは信じていなかったが。徳が高いと転生する際に神からスキルが貰えるらしい」
は? 徳が高い? この男が?
「そう露骨に嫌な顔をしてくれるな。言いたいことはわかるさ。どうやら結構その辺の判定はガバガバらしい。お前は子供を助けるために自分がトラックに轢かれただろう?」
「ああ」
そうだ。だから僕はわかる。だがこいつは。
「そして、その場にはオレもいた。当事者からすれば、オレとお前の間には雲泥の差があるように思えるが、神からすればどっちも大差ないらしい。オレも子供を救ったことになっているのだ」
苛立ちを覚えた。この適当過ぎるジャッジに。
「と、この辺りはさっき神に聞いて知ったことだからな。この処遇はオレのせいではない」
確かに、今こいつを責めても栓無きことだ。それに、神からすれば人間の行いを詳細に捉えることは不可能なのかもしれない。だからこそあの世界には、理不尽な目に遭う被害者と横柄な態度が改まらない加害者が溢れかえっていたのだろう。過ぎたことより、今は目の前のことだ。
「その神様が言っていたんだけど、お前がスキルの説明をしてくれるって」
「ああ。もちろん」
「信用できない」
「まあそうだろう。わかるよ。だからまずは聞いてくれ。オレはお前と一緒に事故に遭って死んで、いろいろ考えたんだ。お前は最期、子供を助けて死んだ。じゃあオレは? 自分の人生を振り返って、改めてなにもないと感じた。なにをやっていたんだと後悔したよ。オレはお前を虐めてマウントを取って、強い人間だと錯覚して、そうやって自分を騙して生きて来たんだ。そうだ。オレはお前を虐めていた。それは変えようのない事実だし、それについては弁解する権利さえない。信用できないのは当たり前。恨まれても仕方がない。ただただひたすらに、オレが愚か者だったのだ。死んでからわかっても、遅いんだろうがな。本当に心の底から悪かったと思っている。すまない」
彼は頭を下げた。
僕は彼に虐めを受けていた。正確には、彼のたった一言でクラス全員が敵になったと言うべきか。「なぜ姉が死ぬまで放って置いたのだ」と。
僕には二個上の姉がいた。その姉がある日突然自殺した。彼女は中学生の頃、虐めを受けていた。僕を含めた家族はそれを知り、転校しようと言ったが、それは同時に転居を意味する。家族に負担を掛けたくない一心で彼女はそれを断り、耐え続けた。そして「偏差値の高い高校に入れば、虐めを働くようなバカな人たちとも一緒にはならないから」と、心配する僕を慰めてくれた。本当に救済が必要なのは彼女の方なのに、どこまでもやさしい姉だった。
姉は言った通り、偏差値の高い高校に入学することができた。高校に入って姉は明るくなった。もう虐めがなくなったんだ。そう思っていた。なのに、ある日突然逝ってしまった。
葬式のとき、どれだけ厚くファンデーションを塗っても隠せないリストカットのあとを、母は嘆いていた。高校になってからも増え続けていたことを、家族の誰もが気付いてあげることができなかった。無関心だったわけじゃあない。けれども、それ以上に姉の心配をかけさせまいとするやさしさが、本心を閉塞させ、本当の表情を隠していた。
だから「なぜ死ぬまで」と聞かれて、なにも答えられなかった。それから「優秀な姉を妬んでいた」とか「メンヘラだと言ってバカにしていた」と言った憶測が一気に飛び交い、僕の立場はねじ曲がっていった。虐めの被害者遺族のはずなのに、自殺を止めなかった悪者として扱われたのだ。悪者に対してならなにをやってもいいと言うのが、人類の総意だった。クラスメイトも多分に漏れず、悪者を懲らしめる感覚で嬉々として虐めをしていた。
それでも僕が死ななかったのは、両親のためだった。姉の分まで、生きなければと思った。それなのに、死んでしまった。
「オレはオレが恥ずかしい。なぜあのときお前を慰める言葉ではなくて、突き落とすような言葉を放ってしまったのか。死に際になぜオレたちが二人でいたのか覚えているか? オレがまたお前を追い詰めて虐めていたからだ。なんて恥知らずな人間なのだろうな。今度の世界では、そんな人間になって人生を無駄にしたくない。変わりたいのだ。人の役に立つ人間になりたい。お前のような、人の盾になれるような人間に。ガフの部屋で魂だけになって、この無垢の心で考えて出した答えがそれだ。もちろん、これだけ言っても信じてくれないだろう。だが、お前が信じるにせよ信じないにせよ、オレは神にスキルの説明をすることを義務付けられた。お前がスキルを選ぶまで、オレはここに居なければならないのだ。嘘を吐いても仕方ない」
ことがことだ。この男の言葉のすべてを信用したわけではない。しかし現実的に考えて、来世でも人を貶めたいと今時点で思う理由はないし、義務がある以上おかしなことはできないと言うのは筋が通っている。僕もずっとこのままこの男と一緒に居たいだなんて思わない。
「それで、僕はどんなスキルを選べるの?」
「それなんだが、選ぶ前にまず、一回適性を見た方が良い」
「適正?」
「そうだ。次の世界ではスキルを持っている人間が多く居る。全員が持っているわけじゃあないし、持っていても開花させないままに終わることもあるようだ。だからスキルを持つ以上、自分に合ったものを選んだ方が良い。せっかく神に貰ったスキルが、最後まで開花せずに終わるなんて悲し過ぎるだろう。今時点で、自分がどんな潜在能力を持って生まれるのか見ることができるらしいから、先に見ることをお奨めする」
「ちなみにお前はどんなスキルにしたんだ」
「【
勇者か。この男が勇者。なんか嫌だな。
「それで、どうやって適性を見るの?」
「ステータスオープンと言えばいい。そうすれば自分のステータスが見える」
「ゲームみたいだ」
「神が作ったゲームみたいなものさ。オレたちがいた地球も。ゲームでステータス表示をするような感覚を強く頭に思い浮かべながら言葉に出して言えば、見ることができる」
僕はゲームの世界のステータスを思い描きながら言葉を発す。
「ステータスオープン」
僕の声が白い空間に響き、一瞬遅れてどこかから無機質な声が聞こえてくる。
『——確認しました。【
……は?
僕が呆けていると、隣で笑い声が聞えて来た。男がニヤニヤと口角を吊り上げている。
「まったくお前は本当にバカだよなあ」
「どういうことだ?」
「お前のスキルは、ただステータスを見るだけの能力になってしまったというわけさ!」
「え!? これで適性を見るんじゃ——」
「バーカがぁ」
心の底から人を嘲ることができる人間の声色だった。
「最初に強く念じたものがスキルになるのだ。お前はまんまと騙されたってわけだ」
こんな、魂だけになってもまだこいつは僕に嫌がらせをするのか……!
「義務は!?」
「果たしたが? オレは、お前にスキルの説明をした。そしてスキルを取得させた。以上終了」
そう言って彼は消えた。否、魂の姿に戻って煙の向こうへ吸い込まれていった。
「待てよ! クソッ! 神よ! 神よ!! なぜだ! どうして僕だけがこんな不遇を受け入れなければならない! あなたがあいつに任せず、しっかりと説明していれば!」
声に呼応するかのように、部屋中に荘厳な声が響き渡る。
「無事にスキルを得たようじゃのう。では、良い人生を」
的外れな祝福を受けて、僕の魂は煙の中へ吸い込まれた。
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