第04話 心配なので付いて行くことに1
王が用意してくれた部屋は絢爛豪華だった。大理石を鏡面仕上げした床に、金をあしらった豪奢な時計。ソファは僕が二人は縦に寝られるほど長く、座り心地も良かった。ベッドは天蓋付き。入室して間もなく給仕が訪ねて来て「なんなりとお申し付けください」と言って部屋の外へ出て行った。外でずっと待っているのだろうか。なにも頼まないのは逆に申し訳ないなと思ったので、王都で人気のあるお菓子を用意してもらうことにした。
今日一日だけだけれど、これほど贅沢な思いをできるだなんて夢にも思わなかった。それに、王から旅費と言って金貨を貰ってしまった。腰が抜けるかと思った。だって一年農業を休んでも問題ない額だもの。
しばらくまったりと夜を過ごしたが、いざ寝るタイミングになると途端に居心地が悪くなった。慣れない、ふかふか過ぎるベッドが僕の睡魔と全面戦争を繰り広げ始めたのだ。眠れないと、いろいろ考えてしまう。王からの助言。勇者一行に入ってはどうか。現実的に考えて無理だ。僕はただの農民だし、村を放って置くことなどできはしない。だが……。
「ユフィア……ガーネット」
水平線に蕩ける太陽を欺くほどの赤い瞳。夕景を切り取ったかのような赤い髪。きれいだった。同じ人間とは思えないほどに。しかしそれでいて、どこかで会ったような気さえするあの感覚はなんだろう。親近感とはまた違うなにか。もちろん、村から出たことがない僕が、彼女と会っていることなんてあり得ないわけだけれども。
理由を付けたいだけだろうか。僕が、彼女に付いて行く理由を。なぜ。気になっているのか。ああ、そりゃあ気になる。あれだけの美人だ。気にならないわけがない。だから付いて行く? いや、しかし、僕は弱い。ただただ迷惑を掛けるだけだ。それにやっぱり村のことが有る。
もうすっかり頭が冴え渡ってしまったので、もうひと風呂浴びることにした。
大浴場に向かう。これだけ遅い時間だ。誰もいないだろう。足を延ばしてのんびりと時間を気にせずに浸かろう。リラックスできれば眠れるだろう。
脱衣所で裸になって中に入ると、お湯が弾ける音がした。
誰かいるのか。
しかし一人のようだ。くつろぐには問題ない。
「あ」
はずだった。
「おや、君か。奇遇だな」
そこには濡れた布を身に纏ったユフィアさんが立っていた。
「えあ!? す、すすみません!」
間違えた? いやでもそんなはずは。
「謝る必要はない。わたしも少し恥ずかしいが、深夜は混浴の時間だとわかっていた。君に会うとは思いもしなかったがな」
そうか。ここは時間帯で女湯・男湯・混浴と分けていたのだった。深夜は誰も来ないだろうということで混浴なのだろう。おそらく説明は受けていたはずだが、深夜に入るつもりなんてなかったからすっかり忘れていた。
それにしても、裸身を隔てるのがたった一枚の布だというのに、お構いなしの堂々とした声に、僕の方がたじろいでしまう。
「そうですね」
ユフィアさんに頭を下げると、彼女は微笑みを返してくれた。布を身に纏っているとはいえ、彼女のメリハリの効いたボディにとってそれは無意味だ。いや寧ろピタッと張り付いた布のせいで逆に際立ってしまっている。形のいい胸も、くびれたお腹も。見てはいけないと視線を逸らしつつも、目の端はどうしても彼女の白磁の肌を追ってしまう。
「こっちに来てほしい」
「え?」
「背中を流させてくれないか。今日のお礼をしたい」
「あ、……はい」
僕は言われるままに傍に行き、背中を向けた。最初は緊張したが、この方が彼女を見なくて済むので良かった。いや良くない。良くないが良かった。
「本当に助かったよ。あのままチェネルが無理をしたら、我々は流行り病のただなかで何日間も過ごさなければいけなかった。のみならず、毎日人の病気を治すことに没頭しなければいけなかった」
やわらかな指先と泡のぬるぬるとした感触を背中で味わいつつ、彼女の言葉に耳を傾ける。
「それにパーティ内で治癒魔法を使えるのはチェネルだけだ。わたしとヴォルは都民の誘導係をするしかない。そんな状態では、いったいどれだけ時間を費やすかわからない。それに、こちらが病気に倒れ伏す可能性もあった。実際ヴォルも病に罹っていたわけだしな。わたしたちには魔王を倒すという使命があると言うのに、大きな足止めをくらうところだった。本当に、礼をしてもしきれない。ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「それにしても、【
「ええ。いつもと体調が違う、状態異常になっていればわかります。あとは名前とか、体力や魔力を数値化して見ることもできます」
「数値化と言うのが、ピンとこないのだが……わたしはどうだった? 病気に罹っていたかな」
「いえ。先ほど見たときはヴォルバントさんしか」
「そうか。いや、先の
「おかしな?」
「ああ。なんと言ったらいいのか。こう、自分ではない誰か別の人の記憶が紛れ込んでくると言うのか、見たことも聞いたこともないものを知っていたりするというか。これも病気なのだろうかと思っていたのだが」
その言葉に、背中が粟立った。別人の記憶が紛れ込んでくる——僕と同じだ。
「スキルで見てみましょうか」
「頼む」
僕は彼女の方に向き直った。
「【
彼女のステータスがつまびらかになる。スキルは【
ステータス異常は特にない。病気ではないようだ。と、危ない。思いっ切り彼女の胸を凝視するような感じになっていた。恥ずかしくなって、視線を外したそのときだった。
目が釘付けになった。
彼女の手首に、いくつもの傷痕を見つけたからだ。刃物で切りつけたような、これは——リストカット……?
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