幕間3.5・王太子side


 アルバートが国王陛下より、一ヶ月以内にエマの聖女としての力を示すように告げられてから17日目。

 アルバートとエルウィンが廊下で火花を散らした日から2日が経っていた。

 

「まだか! まだ聖女代理は力を示せんのか!」


「も、申し訳ありません!」


 国王は金の装飾が豪華な椅子にどっしりと腰掛け、いらいらと指先で机を叩く。

 朝一、王の執務室に呼びつけられたアルバートは、怒りの表情をたたえた国王に慌てて頭を下げた。


「ですが、期日までには必ず……!」


「うるさい! このバカ息子が! 前の聖女に治癒させようにも、お前が考え無しに聖女を解任したせいで行方も分からなくなっているではないか!」


「……え?」


 (何を言っているんだ? 父上は)


 聖女の行方など、今現在国王の近くに控えている金髪の宰相閣下がよく知っているはずだ。

 なぜならアルバートが聖女との婚約を破棄したその日に、聖女に求婚したのだから。

 アルバートはちらりとリシャルトに視線を向ける――。


 (ひっ)


 すると、リシャルトからものすごい形相で睨まれて、アルバートはぞっとした。パッと見はにこやかに笑っているのに、目の奥が全く笑っていない。

 ひょおおおお、とリシャルトの周りから殺気の混じった冷気が漂ってくる気がして、アルバートは身震いする。

 蛇に睨まれた蛙とはこういうことを言うのだろう。アルバートは言葉を発せなかった。

 

「お前のせいでこちらは、便利な聖女という手駒を失っているんだ! 時間がかかるとはいえ、無限に兵士を回復できる術だったのと言うのに、お前が勝手に解任しおってからに! どれだけ国に損害を与えていると思っている!」


 国王は国土を広げ、周辺諸国を力でねじ伏せることしか考えていない、ということは国王本人も認める周知の事実であった。アルバートもその思想には賛同している。

 だが、国民の大半は長きに渡る戦争に疲弊し、国王の思想には反対するものが多い。そのことに、アルバートは愚かだと感じていた。


 (真の平和とは、力で抑えたその先にこそある。その事が分からない国民など愚かだ。父上の言う通り、聖女は便利な道具だ。国のためなら解任すべきではなかった)

 

 頭では分かっている。

 だが、国のためよりもアルバートはエマを選んでしまった。

 恋は盲目とはよくいったものだが、アルバートはまさにその状態だった。


 (エマが手に入るなら……国益などいらないんだ)


 物語のヒーローになったような気分で、アルバートはそう思う。


「今の聖女代理が役に立たぬのなら、前の聖女でも探し出してこい! どうせあの女は孤児だ、悲しむものはいない! 国のために使い潰されるなど本望だろう!」


 苛立ちながら国王が放った言葉に、また一度……。いやなんなら十度くらい、執務室内の温度が一気に下がった気がした。

 国王は、リシャルトが冷気を放ち、見たことがないほど殺気立っていることに気づいていないらしい。


 (なんか、父上が言葉を発する度に殺気が増している気がするんだが……)


 国王の少し後ろで執務をしている宰相から殺気がだだ漏れているのは、第六感が強いと自負しているアルバートの目には明らかだった。

 だが、他の政務官たちや、護衛騎士たちはリシャルトの殺気に動じる様子もなく普通に仕事をしている。アルバートは自分の気のせいだろうかと首を少しひねった。


「そもそも、何故わざわざ出自のしれぬ聖女とお前を婚約させたと思っている!? 聖女に子をはらませて、聖女の力を確実に国のものにするためだぞ!? それを――」


 ばん!!


 乱暴に机に本を叩きつける音がして、アルバートはびくりと肩をはね上げた。

 国王も言葉を止めて、音のした方を見やる。


 音の出どころは、もちろんリシャルトだった。


「国王陛下」


 ゆらり。

 リシャルトが立ち上がる。

 あまりにも強い殺気と据わった目を向けられて、国王もアルバートも何も言えなかった。


「聖女の力をあてにするよりも、支持率回復を考えられてはいかがですか」


 リシャルトはあくまで笑顔を浮かべている。だが、発する言葉もまとう空気も氷点下以下。凍えるようだ。これは絶対に気のせいではないだろう。

 国王も若干怯えているようだった。


「アルバート殿下には失礼を承知で申し上げますが、アルバート殿下よりもエルウィン殿下の方がよほど国益のために動いていらっしゃいます。エルウィン殿下を活躍させた方が、陛下の国民受けも良くなると思いますよ」


「う、ううむ……。勝手に和平を結んだのは解せんが、あいつは国民受けはいいからな。たしかにエルウィンを第1王位継承者にしたら、愚民どもの反感も減るかもしれん」


 (これはまずい)


 何やら自分にとって嫌な方向に話が進んでいて、アルバートは拳を握りしめた。


 このままでは、リシャルトに上手く丸め込まれてしまうだろう。

 国王は、頭のキレるリシャルトをかなり気に入っており、重宝している。そのことをアルバートも知っていた。


(なんで俺が、こんなに焦らなくてはならないんだ! それもこれも全部、あのお飾り聖女と腹の黒い宰相のせいだろう!)


 アルバートはいらいらと考える。

 

 (聖女……、お飾り、聖女……。そうだ……!)


 そうして思いついた。

 あの聖女にも、聖女を匿っているであろう宰相にもやり返せる。そして、エマが力を示すことにも繋がる、起死回生の一手を。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇


 

 アルバートも国王も、まだ気づいていなかった。

 この時、過去最高にリシャルトの怒りを買ってしまっていたのだということに。


 

 

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