幕間3・王太子side②
アルバートはエマの涙が落ち着くと、一旦城に戻ることにした。
エマのそばにはいてあげたかったが、現状そうするわけにはいかなかった。
(これは、俺たちに課せられた愛の試練だ)
国王に示された期限はあと2週間。
それまでに、エマが聖女を名乗るにふさわしい人間なのだと周囲を納得させなければならない。
今までの計画では、エマの力が前聖女に匹敵するほど強いと想定していた。
だが、エマの力が聖女として不足しているというのなら、計画を練り直さなければ。
(どうしたらいい? 列聖省を買収……は、かけ合ってみるとして、他になにか手はないか? エマの代わりに力を行使できるような影武者でも立てるか……?)
自分の愛するエマが前聖女よりも劣るということは
すると、奥の方から見覚えのある青年が歩いてきて、アルバートは瞬間眉間を寄せた。
「おや? 兄上じゃありませんか」
「エルウィン……」
アルバートのものよりも暗いボルドーの髪に、月のような金の瞳を持つ男。
アルバートの一つ下の異母弟、エルウィン・ヴィスヘルムが向かいから歩いてきていた。
エルウィンはアルバートの目の前までくると、足を止めた。
「国内へ戻ってきていたのか」
(戻ってこなければよかったのに)
アルバートは忌々しそうにエルウィンに吐き捨てる。
王位継承権こそはアルバートより下のエルウィンだが、宰相・リシャルトの推薦により、ここ最近外交を担当するようになったのだ。
アルバートはそのことをよく思っていなかった。
(父上の野望は、領土を広げて我が国の権力を安定したものとすること。こいつがやっていることは真逆だ)
「ええ。なかなか楽しい旅でした」
エルウィンはにこりと笑った。
先日の知らせでは、エルウィンは長年
おかげで、戦争を望まない国民の多くはエルウィンを支持し、国王の支持率は過去最低を更新した。
(父上も、さっさと手を打てばいいものを)
エルウィンを排除するなり、恐怖政治を敷くなり色々あるだろうに、とアルバートは歯がゆく思う。
大方、あの食えない宰相に上手いこと丸め込まれているのだろう。
(有能なのかもしれないが、あんな腹の底がしれない男を宰相にしておくのは危険だ)
その食えない宰相・リシャルトとエルウィンは馬が合うのか、たまに話している姿をアルバートは見かけたことがあった。
(なにか企んでいるんじゃないのか? こいつら)
証拠は無い。
だが、第六感がそれなりに強いと自負しているアルバートの勘が告げていた。
「そういえば、兄上。聞きましたよ」
「何をだ」
「勝手に聖女様を解任したんですって? 父上が大層お怒りでしたけど」
エルウィンにくすっと笑われて、アルバートは頭に血が上るのを感じていた。
同じように国王陛下の意向を無視した行動をしているエルウィンに言われたくなかった。
「お前こそ、父上のお考えを無視して和平を結んだだろう! お前に言われたくない!」
「ええ? 心外だなぁ。俺は国益のために行動しているんですよ。だって、
「……っ」
アルバートは言葉に詰まってしまった。
前の聖女を解任したのは、自分のためだったからだ。
もちろん、兵士が戦場へ戻ってこないと嘆いていた国王のためでもある。だがそれはついでの理由にすぎない。
忌まわしい黒髪黒目の聖女が自分の妻になるのが嫌だったし、王太子であるアルバートを前にしても媚びない聖女のことが気に食わなかった。
そして何より、エマと共になりたかった。
反論できないアルバートの様子に、エルウィンは再び歩き始める。
「あんまり周りに迷惑かけていると、もしかしたら俺が王位を貰うことになるかもしれませんよ?」
すれ違いざま、エルウィンはアルバートの耳にそっと囁いた。
挑発する言葉を言われ、アルバートはさすがに反論しようと振り返る。
しかし、アルバートが反論する隙もなく、エルウィンはすたすたと廊下を歩いて行った。
「くそ……っ」
エルウィンの言葉が頭から離れない。
今までだったら「そんな馬鹿な」と一蹴することが出来た。
それが出来ないのは、アルバート自身が国王の機嫌を損ねるような真似をしてしまっているからだ。そして、残された時間が少ない上に、頼みの綱だったエマの力が当てにならないことに気づいたから。
エルウィンの評判が国民から良いことを知っているから。
(もしかしたら、王位継承権一位の座をエルウィンに奪われるかもしれない)
残されたアルバートはその事に思い至り、焦りが込み上げるのを感じていた。
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