第4章
第23話 宰相の妻はなにかしてあげたい①
私がリシャルト様に想いを告げたあの日から3日後。
「それでは行ってきますね」
「行ってらっしゃいませ」
仕事に向かうリシャルト様を、いつも通り玄関先でハーバーさんと共に見送る。メイドさん達は未だ謹慎中だ。
私とリシャルト様の関係は、あのキスをされた夜から取り立てて大きく変わった様子はなかった。
まぁ、元から結婚しているという関係上、これ以上の変化もそうそうない。
強いて変化をあげるとすれば、傍から見てもわかるほど、リシャルト様がとても幸せそうだということくらいだろう。
「ああそうだ。キキョウ」
「はい?」
馬車に乗り込む直前、リシャルト様がふと何かを思い出したようにこちらを振り返った。
一体なんだろう。
「明後日、フォート公爵家主催の茶会に呼ばれているんです。一緒に行きませんか?」
「わ、分かりました」
公爵家、主催の茶会……。
パワーワードの羅列に思わずビビってしまう。
リシャルト様に同伴してほかの貴族がいる場に出向くなんて、初めてだ。
なにかヘマしそうで怖い。
これは、あと二日間で茶会のマナーの復習をしておかなくては……。
「あなたと同伴で茶会に行けるなんて、夢のようです」
内心怯えている私のことなど知る由もないリシャルトは、にこりと笑うと馬車に乗り込んで、王城へと向かっていった。
その姿はいつも通りだし、幸せそうではあるのだが……。
最近リシャルト様は少し疲れているように見える。
何となくではあるが。
「ハーバーさん……。リシャルト様って最近お疲れではありませんか?」
ハーバーさんにも意見を聞いてみる。私の見立てよりも、リシャルト様と付き合いの長いハーバーさんの見立ての方が正しいだろう。
「そうですね……。リシャルト様は宰相の仕事だけではなく、他にもいろいろ動いてらっしゃいますから」
「なるほど……」
「夜も仕事をされているみたいなので、寝不足なのだと思いますよ」
ハーバーさんは心配そうに言う。
リシャルト様が忙しいことの理由に、いくつかは私にも思い当たることがあった。
結婚披露のパーティーを控えているし、その準備や企画などは使用人さんたちも手伝っているとはいえ最終的な決定権はリシャルト様にある。
それに今は、アルバート様とエマ様が巻き起こした騒動で王城内も教会もてんてこ舞いだと、先日エルウィン様が言っていた。ニコラから聞いたエマ様の一件のこともある。
……うん。思い当たることしかないな。
なにか、リシャルト様にしてあげられることはないだろうか。
◇◇◇◇◇◇
夕方。いつものレッスンから解放されたあとも、私はずっと考えていた。
だが、私がリシャルト様にしてあげられることが思い浮かばない。
差し入れで料理でもつくるか……? いや、屋敷にシェフがいるからなぁ。素人の私が作ったものより、プロの作った料理の方が断然美味しいし疲れが取れるだろう。
いっそ聖女の力で治癒……。いやいやいや、怪我してない人に治癒しても意味ないから。治癒の力は肉体的な損傷を治せはしても、精神的な疲れを取ることには欠片も役に立たない。治癒の力で精神的な疲れが取れるなら、とっくに治癒士同士で治癒し合ってるわ。
こういう時に相談出来る女友達でもいればな……。
私は部屋で一人、ため息をつく。
教会にいた時だったらニコラがいたけれど、この屋敷に同世代でこの手の恋の相談ができそうな相手なんて――。
「あ」
そこでようやく私は思い当たる。
相談できそうな相手、いたじゃん。
少し年は離れているが、こういうリシャルト様に関する相談事ができそうな相手がいる。しかも、三人も。
この屋敷の、かしましいメイドさん三人組だ。
ただし、三人とも一週間の謹慎処分中なのだ。今日で5日目になる。ハーバーさんから、私とリシャルト様の前に一週間は立たないように、と言いつけられているらしい。その言いつけ通り、この5日の間、本当にメイドさんたちの姿を一切見かけていなかった。
一体どこにいるんだろう……。
私はこっそりとメイドさんたちを探してみることにした。
ハーバーさんに聞いてみてもいいのだろうが、メイドさんたちに謹慎処分を言い渡したのはハーバーさんだ。
謹慎処分が明けていないのにメイドさんに会うということに対して、ハーバーさんがよく思うとは思えなかった。
謹慎処分が明けるのを待つ、という選択肢もある。だが、それは私の性格上無理だ。思い立ったら即行動しないと気が済まないし、何よりリシャルト様が疲れているのは
少しでも、リシャルト様に何かしてあげたい。
いつも優しくしてくれるリシャルト様に、何かを返したい。
――ああ、我ながらなんて乙女思考。
まさか自分が意外にも尽くす系女子とは思わなかった。
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