第14話 宰相の妻(一応)は指輪を選ぶ


 目的地である宝飾店は、貴族街の奥まったところにひっそりとあった。

 看板もショーウィンドウも何も無く、一見しただけではここが店だとは思わないだろう。

 なんなら、普通の家に見える。


「ここに売ってるんですか……?」


「ええ。ここは貴族御用達の隠れた名店なんですよ」


 リシャルト様はそう言うと、店の扉に手をかけた。

 古びた木の扉が音を立てて開き、扉にかけられた来客を知らせるベルがカランと鳴る。


「いらっしゃい……。ああ、こないだの宰相様か」


「すみません、何度も訪れまして。今回が最後ですから」


「そうかい」

 

 店の奥に座っていた男の店主はゆらりと立ち上がると出迎えてくれた。

 店主は私を一瞥すると、


「お嬢ちゃん、気に入ったのがあったら呼びな」


 とだけ言って、また店の奥に戻っていく。


「無愛想ではありますが、宝石の仕入れも、加工の技術も国一番なんですよ」


 リシャルト様は店主には聞こえないようにそっと耳打ちしてくれた。

 あの店主、国一番の職人でもあるのか。すごい店に連れてきてもらってしまった……。


「さ、キキョウ。好きなものを選んでください。選んだものをオーダーメイドでつくってくれますよ」


 そう言われても……。

 私は店の中を見回してみた。

 店の中央にあるガラスケースの中には、様々な指輪が飾られている。


 大ぶりのダイヤが一つついた豪華なものや、小さなダイヤが5つ連なっているもの、装飾の少ないシンプルなものなどなど、ありすぎて迷ってしまう。


 というか、本当にこんな高価なものを買ってもらっていいのか?

 ひいふうみい……、桁いくつあるんだこれ。値段をみると、あまりの高さにぞっとしてしまう。

 

 前世でも今世でもたいしてブランド物に興味がなく生きてきた。

 結婚適齢期だった前世では、某有名宝飾品ブランドに憧れる友人が言ったブランド名に『ハリーなんちゃら? 何それ』といった覚えしかない。私は友人が教えてくれるまで、ブランド名すら知らなかった人間だ。宝飾品の善し悪しなんぞわかるわけが無い。


 無理。パンクしそうだ。

 考えすぎてくらりとした私の体を、リシャルト様は慌てた様子で支えてくれた。


「だ、大丈夫ですか?」


「いえ、ありすぎて迷ってしまって……」


 これは無理だ。

 リシャルト様に丸投げしてもいいだろうか?

 前世でも今世でも庶民な私が選ぶより、貴族出身のリシャルト様が選んでくれた方がよっぽどいい気がしてきた。


「リシャルト様……。もし良ければ、選んで貰ってもよろしいでしょうか?」


 私がおずおずと聞くと、リシャルト様は不思議そうに首を少し傾けた。


「それは構いませんが……。いいのですかキキョウ?」


「はい。リシャルト様のほうが私よりも素敵なものを選んでくれると思いますし」


 物は言いようだ。嘘は言っていない。

 私の言葉に、リシャルト様は嬉しそうに目を細めた。

 リシャルト様は「分かりました」と言うと、ガラスケースの中をしばらく眺める。やがて店主を呼びつけると、ガラスケースの中からいくつかの指輪をピックアップして取り出させた。


「さ、キキョウ。指を出して」


「え」


 言うやいなや、リシャルト様に左手を取られる。

 ジュエリートレイにおかれた指輪のひとつを取って、リシャルト様は私の薬指にそっとはめた。


 ――この宰相様、いちいち刺激が強すぎる。


 こちとら、前世でも今世でも恋人いない歴=年齢の女だ。前世をトータルすると、恋人いない歴38年目。うわぁすごい。

 今世では婚約者はいたもののアルバート様をカウントする必要はないだろう……。というわけで私の恋愛経験値は地よりも低い。

 それがまさかの色々すっ飛ばしてゴールインだ。なかなかに衝撃的。


「やはりこれが一番似合いますかね……」


 リシャルト様はトレーの指輪全てを試し終わるとそう呟いた。

 華奢なリングに、小ぶりのダイヤが埋め込まれている品の良いものだ。


「キキョウはどう思いますか?」


「上品で素敵だなと思います」


 聞かれても他人事のようにしか答えられなくて申し訳なくなる。ここまで来ても、その指輪が私にプレゼントされるものだというのが全く実感がわかないのだ。


「すみません、これをオーダーメイドでお願いします。僕のものは石をなしで」


「あいよ。3週間後に取りにおいで」


「分かりました」


 リシャルト様は店主と話を進め、店の奥の方へ行く店主の後をついて行った。前払いで代金を払うらしい。

 手持ち無沙汰になった私は、ほかの指輪を見て待つことにした。


 店に置いてあるのは、何も指輪だけではない。

 色の着いた宝石が美しいブローチや、ネックレスだってあるようだった。


「あ、これ……」


 ガラスケースの中、青紫の花飾りがついたリングがある。

 私はその指輪を見て、目が離せなくなってしまった。


 まるで桔梗のような形で惹かれてしまう。

 自分の名前ということもあり、前世で1番好きだった花だ。

 ちらりと値札を確認する。

 聖女として働いて得た給金で足りなくは無い。

 ブランド物にも宝飾品にもあまり興味はなかったはずなのだが、この指輪はすごく気に入ってしまった。

 どうしよう……。後でお金を用意して、買いに来ようかな……。


「お待たせしました……ってどうされました?」


「あっ、な、なんでも!」


 リシャルト様の声が聞こえて、私はぱっと顔を上げた。

 

「……この指輪が気になりますか?」


「え、あ……は、はい」

 

 すぐに指輪から目を逸らしたつもりだったのに。どうやら私が指輪を見ていたことに、リシャルト様は気づいていたらしい。

 さすがというかなんというか……。

 ここで「気になりません」と否定するのもおかしい気がして、私はどもりながら肯定した。


「この指輪のモチーフで使われている花の名前が、私の名前と同じなので気になってしまって……」


 私が言うと、リシャルト様はガラスケースの中を覗き込む。


「なるほど。綺麗な花ですね。あなたと同じ名前の花なのですか。……これも贈りましょうか?」


「い、いやいやいや! それはさすがに申し訳ないです!」


 私は大きくぶんぶんと、顔の前で手を振った。

 たしかに気になってはいたし、後で買いに来ようかな、と迷うくらいだった。だが、リシャルト様に買ってもらうのはなんか違う。

 それでなくとも、さっき結婚指輪を買ってもらったばかりだ。

 リシャルト様は宰相閣下で次期公爵という身分だから、指輪の一つや二つを買ったところでなんともないのかもしれない。

 だが、いくら一応リシャルト様の妻という立場とはいえ、私はリシャルト様にねだったりたかったりするつもりは毛頭ないのだ。

 前世でも今世でも、周りからの助けを受けながらも一応自立して生きてきた。寄りかかるだけは嫌だ。


 そもそも二人で付ける結婚指輪なのだから私もお金を払った方がいいのではないか?

 

「むしろ、指輪代とか、今までのお礼とか、私の方が何か返さないといけないくらいで……!」


 わたわたと言う私に、リシャルト様は少し困ったような顔をする。

 リシャルト様の申し出を断ったからだろうか。

 言ってから、しまった、と私は思う。

 そんな困ったような顔をさせたいわけではなかったのだ。


「指輪代は僕に払わせてください。こちらはあなたにかっこいいところを見せたいのですから」


 リシャルト様はうーんと口元に指を当てて考える仕草を見せた。


「でしたら、一つわがままを言ってもいいですか」


「はい! よろこんで! なんでもどうぞ!」


 おお! やっと今までのお礼ができる!?


 待ってました、とばかりにどこぞの居酒屋ばりの返事を私がすると、リシャルト様はもう一度店主を呼びつけた。


「今度はなんだい」


「すみませんが、デザイン変更をお願いしてもよろしいですか?」


「いいけど、納期と値段が変わっちまうよ」


「かまいません。先ほどお願いした指輪に、この花飾りのデザインを追加で」


 目の前でリシャルト様と店主の会話がどんどん進んでいく。私は呆気に取られてしまって二人を見守るしかなかった。


 

 ◇◇◇◇◇◇


 

 店から出ると、もう日が落ち始めようとしていた。西の空が赤く燃えている。

 

「勝手にデザインを変更してすみません」


 宝飾店を後にして、貴族街の静かな道を歩きながらリシャルト様が私に謝ってきた。


「え? いや、それは別に構いませんし、むしろありがたいですけど、リシャルト様のワガママって結局なんですか?」


「言いましたよ」


「え?」


 リシャルト様、別にわがまま言ってなくない?

 私の好きなデザインを指輪に取り入れようとしてくれた。むしろ結果的にわがままを叶えてもらったのは私の方だ。


「僕は、あなたがあのデザインの指輪をつけているところを見たいと思いました。いけませんか?」


「い、けなくはないですけど……」


 ストレートに言われるものだから、こちらとしては参ってしまう。

 なんなんだほんと、この宰相様は……!

 よくこんなすらすらと甘い言葉を吐けるものだ。


「ああそうだ。最後に寄りたい場所があるのですが、いいですか?」


「はい、もちろんです」

 

 思い出したように言ったリシャルト様の言葉に、私は頷いた。

 



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