第2章
第7話 お飾り妻は夜の散歩に行く
客間で紅茶を飲み終えたあと、ハーバーさんが私に与えられた部屋に案内してくれた。
「わぁ……! すごく素敵なお部屋ですね!」
広い……!
修道院の私の部屋が6個は入るくらいの広さに、私は目を輝かせた。
金の飾りがついた質の良い調度品が揃えられており、部屋の奥にはバルコニーがあった。
そこからは、屋敷の入口や花の咲きほこる庭が見下ろせる。
不動産関係の知識は無いが、ものすごくいい部屋だということが素人にもわかる!
「是非リシャルト様にお伝えくだされば、喜ばれると思いますよ」
「はい!」
リシャルト様が戻られたら、あとでお礼を言いに行こう!
ハーバーさんは「何かあればお呼びください」と言い残して部屋を出ていった。
そうして部屋には私一人が残される。
◇◇◇◇◇◇
――リシャルト様、遅いな。
もうすっかり日は落ち、夜になるというのに、リシャルト様はまだ帰ってこない。時刻はすでに、夜の9時。
「奥方様、もう遅いので先に夕飯をお食べ下さい」というハーバーさんの言葉に甘えて先に夕飯を食べさせてもらった。
ポタージュと牛肉のソテー。超おいしかった……。修道院でも前世でも、あんな立派な夕飯食べたの初めて。
だが、いくら『自由にしていい』とリシャルト様本人から言われていても、主人のいない屋敷で先に食事をとるというのはいささか居心地が悪いものだ。
――早く帰ってこないかな。
まぁ、役所関係は王都にあるからそれなりの距離があるし、私の身元などで手間取っている可能性もなくはないが……。
それにしても、遅くない?
リシャルト様に、色々お礼を言いたいのにな――。
与えられたキングサイズのベッドの端で横になっていると、だんだん眠くなってきた……。
◇◇◇◇◇◇
「……ョウ。キキョウ。眠ってしまわれましたか?」
優しい声がする。
大きな手が緩やかに私の頭を撫でてきて、私はゆっくりとまぶたを開けた。
「……リシャルト、さま?」
「遅くなって申し訳ありません」
そこには、ベッドに腰掛け私の頭を撫でているリシャルト様がいた。
申し訳なさそうに眉尻を下げている。
私はガバッとはね起きた。
「りりり、リシャルト様! こちらこそ申し訳ありません! 先に寝てしまっていて!」
ちらとベッド脇の時計を見やると時刻は夜の9時半。
30分ほどうたた寝してしまったらしかった。
ヨダレ垂らしてないよね!? 私はそっと口元に手を当てた。大丈夫! 垂れてない!
「いいえ。自由に過ごしてくださって良いのですよ」
リシャルト様は、少しだけ残念そうな様子で手を引っ込めた。
なんで?
「……キキョウさえ良ければ、なんですけど。庭、見に行きませんか?」
「へ?」
突然言われたリシャルト様の言葉に、私はキョトンとしてしまった。
庭? 確かにゆっくり見たいな、とは思っていたけどもう夜だ。
「他意はないのです。もう少し、あなたと過ごしたいなと思いまして」
「……っ」
少し照れたようにこちらを見るリシャルト様に、心臓がドキリとはねた。気がした。
この人、私の他に大切に思っている女性がいるんだよね? それなのにこんなセリフを吐いて、どうしたいんだろう。
「ただ、もうこんな時間ですし、また後日でも……」
「……行きましょう」
私はリシャルト様の言葉を遮るように言った。
この人の真意が気になる。
◇◇◇◇◇◇
私はネグリジェにカーディガンを羽織って、リシャルト様の後をついていく。
リシャルト様はいつの間にやら私の手を握っていた。いちいち動きがスマートすぎる。
赤い絨毯の敷かれた廊下を歩く中、リシャルト様は無言だった。
ちらとリシャルト様の横顔を盗み見る。廊下の明かりが、端正なリシャルト様の顔を照らしていた。
「どうかしましたか?」
私の視線に気づいたリシャルト様が歩きながら視線をこちらに向けてくる。
私は慌てて視線を逸らした。
「い、いえ、お戻りが遅かったのって、何かあったのかなーと……」
適当に誤魔化すようにそう言うと、リシャルト様は「ああ」と声を上げた。
「実は少し店を回っていましたら遅くなってしまいまして……」
リシャルト様はどこか気恥ずかしそうに言う。
「店?」
なんの店を回っていたのだろう。
私が小首を傾げた時、ちょうど玄関の前まで着いてしまって話が中断される。リシャルト様が扉を開けてくれた。
庭に出て、薔薇の咲き誇る一角までやってくると、リシャルト様は私の方へ振り返った。
「あなたに贈る、結婚指輪をみていたのですよ。どんなのが似合うかな……と」
「え……」
ざああ、と風が吹いて赤い薔薇の花びらが何枚か風に乗って飛んでいく。
私はリシャルト様の言葉に、時が止まったように感じてしまった。
「今度の休みに、一緒に見に行きませんか? あなたが気に入るものを贈りたいのです」
「……あ、ありがとう、ございます」
指輪を贈ってもらう、だなんて。前世でも経験がない。
緊張で口がカラカラになっているのが分かる。
リシャルト様は本当に優しくしてくれる。
前世も今世も過労で倒れるわ、今世では前世よりも聖女として働き詰めだわな私にとって、彼はご褒美みたいな人だ。
言葉も仕草も柔らかくて、どこぞの王子様よりも王子様のよう。例えるなら、女の子が一度は夢見るような絵本の中の王子様みたい。
「リシャルト様、本当に色々とありがとうございます。ですが、私はリシャルト様にここまで良くしていただく理由が思い当たらなくて……」
他に好きな女性がいるのだろうが、それにしても優しすぎる。
私の言葉に、リシャルト様は穏やかな表情で微笑んだ。
「ありますよ。あなたは昔僕を助けてくれた」
「……?」
「あなたのことを幸せにしたいのです」
「……っ」
そんな甘やかな顔で、夢みたいな言葉をかけられたら、勘違いしてしまいそうになる。恋に落ちてしまいそうになる。
落ち着け。落ち着くんだ、キキョウ……!
「ですが、リシャルト様には大切な女性がいるのでしょう? ハーバーさんから少し聞きました」
「うん?」
「私は、その方と結ばれるためのお飾りの妻なのですか……?」
もしそうなら、早めに教えて欲しい。
うっかりリシャルト様を本気で好きになってしまう前に。
勇気をだして尋ねた私に、リシャルト様は盛大なため息をついてその場にしゃがみ込んだ。
「なぜそんな勘違いをしているんですか……」
「え? えーと?」
勘違い? 何がだろう。
「ハーバーから何を聞いたのかは知りませんが、僕がずっと大切に思っている女性というのはあなたですよ。キキョウ」
「…………はい?」
にわかには信じられないリシャルト様の言葉に、私はぱちぱちと目を瞬かせた。
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