「福まつさん」ーあらゆる運が去ってゆく中年男に訪れる奇跡の出会い。、
山谷灘尾
第1話 一周忌
「早いものねえ」
ミカは思わず呟いて中腰になってその黒い御影石の墓標を優しく濡れた雑巾で拭いていた。
その動物墓地は森に囲まれた閑静な丘陵地の側面にあった。梅雨が明けた初夏の日差しに眩く芝地が輝き、青く匂っている。
「一年なんてあっという間、あーあ、もう一度イリノイの学校へ帰りたい」
「ミユは来年受験だものね。ガンバレ!ホラ、モモちゃんだってミユを
応援してくれてるよ、きっと」
ミユは御影石に埋め込まれたトラ猫の写真を見ていた。こちらを向いた猫は微かに微笑んでいるようにも見える。
「ママね、ここだからモモちゃんについて秘密を全部あなたに言ってしまうわ」
ミカは墓標の両側に献花すると立ち上がって、濡れ雑巾をバケツに投げ入れた。それは何かを決意したようなキッパリとした腕の動きだった。
「秘密って、モモちゃんのこと?」
同じように墓標の前に立つと、ふたりは仲のいい姉妹のように見える。ポニーテイルに赤いハートが大きくプリントされたお揃いのTシャツ、ストーンウォッシュのデニムにすらっと伸びた両脚。
「うん」
ミカはゆっくりと頷いた。
「これ、絶対に秘密だからね。パパにも言わないでね」
「ええ、何よ、焦らさないで早くいいなよお」
「でもさ、これってちょっと作り話みたいで、最初絶対、信じられないからね」
「えーっ、信じるよお。早く言えったら」
「あのさ・・・これ、モモちゃんのお墓の前だからウソじゃないからね」
「焦ったいなあ、もう、早く早く」
ミユは時計の大きなネジを巻くように握り拳を作って右腕を回している。
「モモちゃんはね」
「うん、なになになに」
「モモちゃんは人間の言葉を話してたんだよ」
「ママ、だってアタシそんなの聴いたことないよ。いつもさ、にゃーしか言わないんだもの」
「あのさ、ママにだけは分かったの」
「なんで、どーして」
「わかんないけど、ママにだけは分かったの。モモちゃんの言葉が」
「で、なんつってたんだよモモちゃん」
ミユは墓標に埋め込まれたトラ猫の姿を見ながら大きく深呼吸した。
「ミユの留学を、ミユに留学させろ、って。
反対せずに、広い世界を見せるのじゃ、って」
ミカは思わず顔を覆った。肩が激しく揺れていた。
つづく
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