ep.24 結末 (2)
ユーフォリアとアルベルトは、しばらくを屋敷で療養することになった。
あの夜の翌日に一度ここを訪れたレオネルによると、万事問題はなく進めているとのことで、たまには身を休めろという旨を言い残して彼は城砦の方へと帰っていった。
寝台にうつ伏せの状態で読んでいた伽話の本をぱたりと閉じて、ユーフォリアが仰向けに転がりながら両手足を伸ばす。
屋敷に帰ってきた時には幾らか残されていた彼女の身体の傷は、この数日で既に跡形もなく治りきっていた。
暇を持て余して室内を少しうろうろとした後に、部屋の扉に手を掛けて、ユーフォリアは静かにそれを開く。
隙間の向こうに立つ中老の男と目が合い、無言で向けられた視線に、ユーフォリアは朝と同じく黙って扉を閉めた。
屋敷に戻って翌日に、もう全快したと言って屋敷のことを手伝おうとするユーフォリアを、頼むから休んでくれとシキが止め、そのようなやり取りを何度か繰り返した後に、ついにグレアから自室療養が言い渡された。
いつもより少し豪華な食事は全て運び入れられ、湯浴みは全身をシキに磨き上げられ、それこそ何処ぞの令嬢のような扱いがどうにも居心地が悪いとユーフォリアは思った。
すごすごとまた寝台に帰り、仰向けに転がって、先程開かれた扉の隙間から入ってきた空気を吸い込む。
そこに微かに含まれた匂いに、ユーフォリアは少し不服そうに眉を寄せた。
◇
夜、白く光る月は半分程が欠け、東の空に上り始めている。
ユーフォリアは寝着を纏った身体を寝台から起こし、静かに床へと降り立った。
扉ではなく窓の方へと向かい、音を立てずに開くと、冷ややかな空気が室内へと入り込む。
それを一呼吸だけ吸ってから、ユーフォリアは暗い外へと身を滑り出させた。
目的の窓をそっと開くと、ユーフォリアはアルベルトの部屋の床へと降り立つ。
寝所は月の光がある外よりも一層薄暗く、日中よりも色濃い匂いがユーフォリアの鼻をついた。
ひたひたと静かに歩み寄り、すぐに寝台へと辿り着くと、アルベルトが少し困ったような苦笑いで彼女を見上げる。
薄闇の中でも捉えられる顔色に、ユーフォリアは口先を尖らせた。
「アルベルト、私を近付けないように、屋敷の人に言ったでしょ」
そのありありと不満が滲んだ声に、アルベルトが微かな笑い声を漏らす。
「このような姿ですまないな。お前の方は大事ないか?」
寝台に横たわったままそう言って、伸ばされた手がユーフォリアの短くなった髪をさらりと梳く。
彼が少し身体を動かしたことで、室内にはまた新鮮な血の匂いが漂った。
ユーフォリアはアルベルトの手のひらに頬を擦り付けてから、その手を取って寝台へと乗り上げる。
身体を踏まないように気を付けながら、彼の身にかけられた掛け物を剥がし、薄い衣の合わせを開いて、その下から現れた身体にまた眉を寄せた。
幾重にも覆われた胸と腹、そして首の包帯の下には、また傷が開きかけている気配が伺える。
「アルベルト、身体が冷たい。魔力が枯渇しかけたまま、傷も治ってない。なんで私を呼ばない?」
「傷も魔力も、時間をかければ治る。命に関わるようなものではない。お前から、何一つとして奪いたくはないと、そう言ったろう」
「アルベルト、それ、頑固者っていうって本で読んだ。アルベルトは良くても、グレアも他の皆も、ずっとすごく心配してる。アルベルトは、理想の前に、アルベルトのこと大事にしてくれる人をもっと大事にした方が良い」
先程よりも少しだけ真面目な声で告げられた内容に、アルベルトが微かに目を見開く。
彼からの返答がある前に、ユーフォリアの身がふわりと前方に倒れ、開きかけていたアルベルトの唇を塞いだ。
ざらりとした舌が入り込むと同時に、緩やかに流れ込んできた温かな熱に、アルベルトはまた少し驚いたような表情を浮かべる。
しばらく唇を合わせた後で、細い糸を繋ぎながら、ユーフォリアが少しだけそれを離した。
至近距離で視線を合わせたまま、アルベルトの表情を見たユーフォリアは満足げに笑う。
「魔力制御、アルベルトがずっと教えてくれたから、私上手になった。殺すだけじゃなくて、干渉して治癒できるように、療術のことも勉強する。でもアルベルトは制御が上手だから、魔力があれば自分で治せる」
そう言って、ユーフォリアが再び触れるだけの口付けを落とした。
「アルベルト、魔力もらって。早く治して、一緒に城に帰る。レオネルが過労死する前に」
ユーフォリアがまた少し真面目な表情でそう告げる。
観念したように苦笑して首を縦に振ったアルベルトに、ユーフォリアは心底満足したように大きく頷き、一度目より一層深く唇を塞いだ。
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