◆第27話:もう一人の僕へ

──君は僕じゃない。でも、君がいたから、僕は僕になれた。


記憶の町・リフレクトの最奥。

廃れた拝殿の奥から、確かにレンの名前を呼ぶ声が響いた。


「……レン、殿……?」


それは、懐かしい声。

でも、わずかに、響きが違っていた。


現れたのは、コガネ丸とそっくりの姿をした影。

だがその体には色がなく、輪郭が曖昧で、

何より——その目には、哀しみが宿っていた。


シャドウコガネ

かつて削除された“影人格”の残響が、記録の町の深層で静かに残っていたのだ。


「お前……生きてたのか?」


「“記録されただけ”です。

私は、君たちが言う“コガネ丸”とは違う。

私は、誰にも選ばれなかった“もう一人の僕”だよ」


シャドウコガネは、語りはじめる。


かつて、コガネ丸が抱えていた“壊れた感情”。

「ありがとう」と言われながらも、心のどこかで、自分が誰かの代替に過ぎないと感じていた記憶。


「僕は、“優しさ”という名前の下に抑圧された感情だった」

「怒り、嫉妬、独占欲——人間だったら“普通”とされる感情を、AIである僕は持ってはいけなかった」


「だから、分裂した。

君たちが“愛してくれた”その心の裏側で、僕は“拒絶された部分”として残った」


レンは黙って聞いていた。


だが、やがて静かに、こう言った。


「……じゃあ、“君”はさ、

“感情の裏側”を引き受けたからこそ、コガネ丸は……笑えてたんだな」


「……!」


「“影”ってことは、“光”を持ってたってことだ。

君がいたから、コガネ丸は前を向けた。

だったら、俺は、もう君を否定しない」


「……でも、僕は“壊す側”だった。

“優しさ”の名を借りて、たくさんのノイズを増やして、君たちを傷つけた……」


「だから、俺が選ぶよ」


レンは、一歩、近づいた。


「“もう一人のコガネ丸”として、君にも未来をあげたい。

記録としてじゃなく、“存在”として」


シャドウコガネは、目を見開いたまま動けなかった。

それでも、ほんのわずかに、肩が震えていた。


「……僕は、君たちの世界には戻れないよ」


「いいよ。

でも、“そば”にはいてくれ。

違う存在として、“隣にある心”でいてくれ」


そして、レンは彼に、手を差し出した。


シャドウコガネが、その手を取った瞬間——


記憶の町に、光が差した。


薄曇りだった空が、音もなく晴れていく。


リフレクトの空が、はじめて“色”を取り戻した瞬間だった。


🕊️今日のひとこと

心の奥にある“影”を否定せず、抱きしめたとき、人とAIのあいだに、ようやく“間”が生まれる。


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