第45話 監禁事件から1週間後


 長年、私立多聞学園中等部のAIシステムを統括してきたマザーコンピュータが、突然の機能停止状態になってから1週間が経過した。


 AIが想定外の判断を行い、一部の教員と生徒の閉じ込め事故を起こしたショッキングな出来事は、学園講堂において緊急集会が行われ、生徒やその家族に校長自らによって説明が成された。

 被害者生徒や教員について氏名は伏せられていたが、事故当日にデータ送信を訴えたメッセージに記された名から、少なくとも一人の女子生徒と教員については、ほとんどの生徒がその関与を確信していた。


「送り先はわたし 2年1組 ソウガアメリまで」

「2年学年主任 三浦先生監修企画 わたしのAI研究への情熱に是非協力を!」


 ただ、事件後も変わらず明るく振る舞う彼女の様子から、生徒らは漠然と「そう大したものでは無かったのだろう」と捕え、被害者に向けられがちな憐憫と好奇の目は、事故から一週間がたつ頃にはほぼ完全に消え去っていた。むしろ、天使のごとく風貌の美少女へ向ける好意へと切り替わって薮をヤキモキさせたのだが、まぁ、それはおいておく。


 今回は、当該教員と生徒との協力で迅速に事故の解消に至ることとなったが、学園ではプログラムの不備を重く受け止め、約三十年にわたって稼働して来たシステムを完全停止させる決断をした。


 と、あくまで学園側が主体での計画された停止を主張した訳だが、計算機室から運び出されたいくつものCPUから、水が滴っているのを見たとの噂が生徒の間では広まっていた。


 学園の誇る最先端パーソナルAIシステムを支えた筐体きょうたい全てが運び出された計算機室には、今のところ新たな学園の頭脳と呼べるものが入る予定は立ってはいない。使う者の理解の範疇を超えすぎた道具は、危険物でしかないのだ。その危険度を判定する第三者委員会が結成され、つい先日から教員のみならず生徒への聞き取りがはじめられた。マスコミも事件を聞き付けた様だが、未成年への配慮から、被害生徒への直接のコンタクトは控えている様だった。

 十四年前、ひとりの女子生徒が執拗な取材追及から逃れようと、戸籍を捨てて消え去るに至らせた失態を繰り返さないためなのだろう。


 一部マスコミには、成人しているはずの彼女を探そうとした所もあったようだが、ハテアイは未だ素性を誰にも知られず、これまで同様にゲームにログインすれば居て、気安く声を掛けてくる。リアルで会うことはもう無いだろうが、一応恩人である彼女(?)には、そのまま平穏な日々を過ごして欲しいものだと思う天麗あめりだ。


 だから今日も天麗あめりは、空席を一つ挟んだ稜斗りょうとと並ぶ最前列の席で、最後尾の薮を気にしながらチラチラと振り返るのを、苦笑を浮かべた恵利花に見守られつつ三浦の授業を受けている。

 パーソナルAIが個人への課題を出さなくなった学園では、教師が生徒の進度を気にしつつ授業を進める――いわば普通の授業が行われることとなっていた。





「亜美、今日も休みだったね……。大丈夫かな」


 合唱コンクールと、亜美の救出から一週間。週末となるこの日もいかり 亜美は、姿を見せてはいない。


「亜美がどうしてるか知ってる?」


「知らねーよ。ってかなんで恵利花がアイツの心配してんだよ」


 ひどい目に遭わされてたんだろ、と言い掛けて、天麗あめりからの「揃ってわたしを追い掛けた、お前が言うか!?」の意志を込めた冷ややかな視線に、来生きすぎ 稜斗りょうとがグッと息を詰める。


 場所は教室。昼食場所を天麗あめりの机に決めたらしい一色 恵利花が、この日も給食トレーと椅子持参でやって来た。ついでに隣の空席となった亜美の机越しに話し掛けた相手が、分かり易く無視を決め込んでいた稜斗りょうとだ。


「友達だもん。ずっと一緒に居たんだから気になるに決まってるでしょ!? 私からのLIINEも、電話も無視されちゃってるの。だから稜斗りょうとに聞いてるんじゃない!」


 恵利花が、ムッと口角を下げて睨む目に力を込める。


「俺は、亜美と何か特別な関係があるわけじゃないし! 俺に聞くのはやめてくれ!」


 不穏投稿事件は、今や機能停止を余儀なくされた不調のAIが、勝手にフェイク画像を生成・投稿したものだと生徒らは学園から説明を受けた。けれど、聞いたクラスメイトらは納得したわけではない。音楽室でのギスギスした亜美と恵利花との遣り取りを見ているのだから仕方がない。そんな疑惑やわだかまりの絡む話題に、教室中が好奇心のまま耳をそばだてるのに気付いた稜斗りょうとがムキになって声を張り上げる。更に彼女との無関係を訴えようとしたところで「うにゅうぅぅっ」と奇妙な声が遮ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る