第22話 コレをブスリと? 天麗のピンチ


 薮の椅子が守ってくれたのか、 稜斗りょうとの「いてっ」との声を背中越しに聞きつつ全力疾走を開始した天麗あめりに、来生きすぎ 稜斗りょうとは追い付いてこない。


(ほんとは、あんまり、走りたくなんかっ、ない、のに!)


 そっと、ブレザーの内ポケットの在る胸元に手を充てれば、御守りとなるエピペンの感触が返って来る。

 普段あまり運動しない天麗あめりは、既に息も絶え絶えだ。


(いざとなれば、コレをブスリと……)


 刺すのは、運動誘発性アレルギーを持つ自分自身になりそうだが。


「使いたくないですねぇ。諦めてくれませんかねぇ」


 呟いたのが、フラグとなってしまったのかもしれない。


「いた! おい!!」


 廊下の向こうから稜斗りょうとの声が響いて来る。職員室へ逃げ込む算段だった天麗あめりだが、転入間も無い彼女が無我夢中で駆け出した結果——今は迷子となっている。


(とにかく、人気ひとけのある所にっ!)


 エピペンに手を添わせる、決死の覚悟で駆ける天麗あめりに天が味方したのか、音が響いて来た。


 ピアノの音だ。


 天上からの救いの調べとなって、鼓膜を歓喜でくすぐる甘美の音色。


(誰かが合唱コンクールの練習をしてるんだ! そこに行けば来生も無茶は出来ないはず! あわよくば、先生も練習に付き合っているかも!)


 美しい音色に引き寄せられて、真っ直ぐたどり着けた音楽室に居たのは、女生徒ひとり。

 しかもソレは見知った顔で。


「恵利花ちゃ——」


 呼び掛けた声は途中で途切れる。


「え? 誰?」


 鍵盤の上に置いた手を止めて、扉に顔を向けた一色 恵利花の目には、誰の姿も映らなかった。







 

 ぐいぐいと、爪の食い込む強さで握り締められた腕が、渾身の力で引かれる。

 有無を言わせない力と、人数の不利の圧で逃げることもできないまま、意思に沿わない方向へ歩かせられる。


 人気のない方へ。体育倉庫の陰へ。


「離してよっ、亜美ちゃん!」


 何度目かの呼び掛けで、ようやく足が止まった。いや、目的地に辿り着いたと言うべきかもしれない。目の合ったいかり 亜美は、血走った目をしていた。


「おかしいと思ったのよ! 惣賀そうがサンが編入してからアタシに悪いことばっかし起こってっ。それまでは、ホントに上手くいってたんだよ! あんたがっ、何かしたんでしょ!!」


 天麗あめりを倉庫のくすんだクリーム色のトタン壁に押し付けて、スマホの画面を向けてくる。映っているのは、あの一瞬で消えたがスクショ――学園生専用連絡アプリを介し、2年1組のクラスメイト全員に送られた画像だ。


 ここまで、静かに彼女らの後ろを付いてきた稜斗りょうとが、亜美の隣に並ぶ。


「白状しなさいよ! アタシに嫌がらせしたのは 惣賀そうがサンだよね!?」


 手首に移動した亜美の手が、容赦なく天麗あめりの肌に爪を食い込ませる。これって傷害ですよね!? と心の中で訴えるも、この場を目撃しているのは亜美の側で険しい表情をしている来生きすぎ 稜斗りょうとだけだ。


 けれども彼は亜美に応戦すべく、天麗あめりの顔横に闘争を防ぐべく片手を突いている。右手は亜美の拘束。左側は稜斗りょうとからの、全く嬉しくない壁ドン。


 逃げ場はない。


 彼らの主張は、完全な冤罪だ。けれど、どう見ても冷静じゃない二人相手に、切り抜ける方法が見付からない。


(どうしたらいいんですか!? 薮りん! 囚われのお姫様ばっかり助けてないで、窮地ピンチ天麗あめりを助けてくださいよぉぉぉーーーー!)


 心の中で絶叫した。

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