第21話 逃走? 逃走!!!


(薮りん。逃げましたね)


 帰りの会終了から一時間が経過した教室。

 ほんの少し前までは、友人同士でおしゃべりをしながら時間を潰す数人が居たものの、今では天麗あめり以外だれの姿もない。


 彼らは帰り際、天麗あめりに「薮さん来ないね」「待ち合わせ忘れちゃったのかねぇ」などと、声を掛けて行った。どうやら天麗あめりと薮 孝志郎の待ち合わせは、教室中に知れ渡っているようだ。

 そのせいで、内気で臆病な齧歯げっし類属性の薮が姿を隠したのだろうか。不安が頭をもたげる。


「放課後に改めて話すって言うから、すごくすごーく我慢して、ワクワクして待ってたのにぃ」


 唇を尖らせてボヤきつつ、現れない薮の席に腰を下ろして観察する。鞄はあるが、彼が肌身離さず持ち歩いている相棒のタブレットは無い。まさか鞄を天麗あめり引き留め用のダミーとして、薮本人は先に帰ったのだろうか。


 むむむ、と思案に眉を顰めたところで、廊下から近付いてくる足音が響いた。


惣賀そうがちゃん」


「げ」


「酷いな。俺のこと嫌ってたりするワケ? ま、いーけど」


 皮肉げに片方の口角だけを吊り上げた、歪な笑みを浮かべて現れたのは来生きすぎ 稜斗りょうとだ。


「何だか雰囲気が違いますね」


 咄嗟に言ってしまうくらいには、彼の天麗あめりに向ける態度が違っている。三浦による聞き取りを行っていた昼までは、もう少し友好的だった。

 けれど今は、じんわりと滲み出る敵意を感じる。


「何の用です?」


 薮の席から立ち上がりつつ、前方扉から入って来た稜斗りょうとに、警戒心も露わな視線を向ける。


「つれないな。ちょっと聞きたいことがあって。俺も、惣賀そうがちゃんを待ってたんだわ」


 約束した覚えは、ない。とするなら、彼の『待っていた』のはタイミングと云うことだ。しかも、訪れるかどうか分からない天麗あめり単独となるシチュエーションを狙ったとは穏やかでない。


「わたしからは何の用もないわ」


「あれ? 話し方、いつもの惣賀そうがちゃんとは違うね」


「一般向けの話し方はこっちよ」


 ゆっくり、教室の中を、来生が歩を進めてくる。

 薮の席は廊下側の最奥だ。天麗あめりは、椅子の背もたれを握る手に力を込めつつ、側の後方扉にチラリと視線を送る。


「薮りんに、何かしたんじゃないでしょうね」


 稜斗りょうとの進んで来る席横の通路に、ダンと音を立てて椅子を置く。拒絶と警戒を込めて。


「あー、俺の友達が、薮の話し相手になってくれてっから。そんだけ。薮は、友達少ないから嬉しいんじゃね?」


 ヘラリと笑う表情は、とてもイビツだ。


「わざわざ邪魔してくれたんだ? もう一度言うけど、わたしから来生さんには何の用もないわ」


「俺の方には用があるんだ」


「何よ」


「お前だろ!? 亜美にあんな濡れ衣を着せたのは! ツクリモノの通話画像を貼り付けたんだろ!?」


「はぁ!? んなわけないわ」


「いや。音楽の時、亜美に食って掛かった惣賀そうがちゃんしか考えられない」


 言うなり、大きく踏み出して来る。

 その一歩の荒々しさに、本能が警鐘を鳴らした。穏やかな話し合いは望めなさそうだ。無人の教室に敵意か害意の在る男子と二人。

 当然の防衛反応として、通路に障壁として掴んでいた薮の椅子を滑り出させ、天麗あめりは、身を反転して後方扉を開く。


「逃げんな!!」


 視界の隅を過るのは、眉を吊り上げた険しい形相の来生きすぎ 稜斗りょうとだ。大きな手を荒々しく伸ばして、天麗あめりを捕まえようとする。


 間一髪、天麗あめりは扉を抜けて教室から走り出た。

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