第27話「供物の継承者たち」

イベコスタンに戻った翌朝、街はほんの少しだけいつもと違っていた。


霧が地面を撫でるように低く流れ、石畳の隙間から立ちのぼる蒸気が朝日を白く濁らせている。

遠くでは、供物祭の余韻を残す鐘の音が、重く低く鳴っていた。


莉子はギルドの外階段に立ち、その風景をぼんやりと眺めていた。


「……なんだか、空気が重いな」


手にした包丁の柄がわずかに震える気がした。



ギルドの調理棟に足を踏み入れたとき、その空気はさらに濃くなった。


――料理人の気配。


それも、ただの料理人ではない。

“何か”を作り、“何か”を伝える、特別な者たち。


「おい、見ろよ。あれって“蒸気供物術”の派の装束じゃねえか」


「まさか“味の記憶律者”まで……本部はどこまで呼んだんだ?」


冒険者たちがざわつく中、莉子は呆気に取られていた。


ギルドの廊下には、異国の服に身を包んだ料理人たちが何組も立ち並び、まるで無言の圧を放っていた。


香り、目線、立ち姿――それぞれが“何かを背負っている”のがわかる。


(……私、場違いじゃないかな……)


足がすこしだけすくむ。


そんな莉子を、後ろからエリオットが押し出した。


「平気よ。あなたはもう、ここでも“継承者”の一人として認められてる」



ギルド会議室。


石と木で組まれた長机に、幾人もの料理人たちが着席していた。


部屋には強い香草の匂いが漂い、空気中に淡く霊気が流れている。

目には見えない“供物の霊圧”が、部屋を満たしていた。


「……君が、試練祭で名を上げた“地球式”の料理人か」


紅い髪を額当てで束ねた女性が声をかけてきた。


その目は鋭く、鍋の炎のように静かに燃えていた。


「私はナスティア。香法派、供物鍋調律士の七段。

 あなたの料理、興味があって拝見したくてね」


「ど、どうも……篠原莉子です。よろしくお願いします」


萎縮しそうになる心を、なんとか押しとどめて頭を下げる。

けれど、周囲の料理人たちの表情は、どこか柔らかかった。


ナスティアは言った。


「驚いたわ。あれほど自然に霊格を整える料理、初めて見た。

 あなたの供物には、技巧がない。けれど、想いがある」



その後の会議では、各派の供物理論が紹介された。


・祈りの香を通じて神気を呼ぶ“焚供の流派”

・器に宿る霊圧で食材の属性を変化させる“磁場転写式”

・死肉を再構築して蘇生を試みる“犠生調理術”――


難解な理論が飛び交う中、莉子の“卵焼き”が話題に上がった。


「彼女の料理には、文脈がない。だが“記憶”がある。

 共感式供物術よりも深く、感情に踏み込んでいる」


ナスティアの言葉に、室内が静まる。


莉子は少し俯きながらも、そっと口を開いた。


「私……おばあちゃんの料理が大好きで。だから、それを思い出しながら作ってるだけで……」


その時、壁際にいたひとりの青年が前に出てきた。


黒髪、涼しげな目元、和風の羽織。

莉子ははっと息を呑んだ。


(あのとき……最後に試練祭で料理してた……)


「セイリュウといいます。試練祭では、君の料理を見て懐かしい気持ちになった。

 きっと、君が届けたかった“想い”が、僕にも届いたんだと思う」


その声音はまっすぐで、どこか優しかった。


「……君の卵焼き。僕の家で最も古く伝わる“味の記憶”と、まったく同じなんだよ」


莉子は目を見開いた。


「まさか……」


後ろでエリオットが囁く。


「彼、五百年前の転移事故でこの世界に来た、日本人の末裔。

 和食文化を守り続けて、今は“伝承系供物術”の師範格よ」


莉子の胸に、ひとつの感情が浮かぶ――


(私の料理が、時間と世界を越えて、誰かと繋がっていた?)


セイリュウは静かに微笑んだ。


「君の作る料理は、未来に残すべき供物だよ」



次回:第28話「コラプスの餐、再接近」

供物の意味が深まる一方で、それを“壊す者たち”の気配が忍び寄る――。

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