第19話「ギルドの厨房、野営の炎」
イベコスタン冒険者ギルド――
市場の東端にそびえるその建物には、昼過ぎにもかかわらず人の出入りが絶えず、食堂では冒険者たちの空腹と声が渦を巻いていた。
「おう!良いところに来た!」
声をかけてきたのはザハルだった。
小麦色の肌に深い笑い皺、首には油染みのついた白い布を巻き、腕まくりした料理服の袖からは、かつて現役だった冒険者の名残を感じさせる逞しい腕が覗いている。
今はギルドの厨房補佐を務めている、快活な中年の男性だ。
「今日は料理長が腰をやっちまっててな、冒険者たちのまかない作りを手伝ってくれないか?」
「えっ、私が……?」
「“神霊を招いた唐揚げの子”って、もう広まってるんだよ。ここの連中も楽しみにしてる」
莉子は包丁袋を抱き直し、小さくうなずいた。
⸻
厨房は混乱の極みだった。
鍋が焦げつき、床には水が散り、皿の山が不安定に揺れている。
魚をさばいていた青年が指を切り、あたふたと後退する。
「下がって。私がやるよ」
莉子は迷わず包丁を抜いた。
光を帯びた刃が周囲の空気を震わせ、調理場に静寂が戻る。
(今日の食材は……ガラムボアとバレーション根か。旨味と甘味、両方活かせる)
ガラムボアは猪に似た大型獣。濃い赤身と野性味ある香りが特徴。
バレーションは粘りのある芋系根菜で、煮崩れしづらく、汁物に最適。
莉子は手早く下処理を進め、香草には陽輪草――太陽の力を蓄える神樹の葉を使った。干して砕いた葉は、芳香と浄化作用を持つ。
肉団子には細かく刻んだ森きのこを加え、香りと栄養のバランスを整える。
「……ガラムボアと陽輪草の炊き込み団子汁、完成です!」
鍋を食堂に出すと、空腹の冒険者たちが次々と集まってきた。
⸻
数分後――
掲示板の前には異様な光景があった。
「Dランク上位依頼? 今日の面子でか……?」
「さっきの汁食ってから、なんか視界が冴えてる。感覚も鋭いし、身体が軽い……」
「確認したら、魔力回復と集中力にバフかかってた。料理のせいか?」
受付の職員が頷く。
「試練祭でも話題になったらしいよ。“供物むすび”の再現に近いって。霊波が強くて、魔導士も騒いでたくらいだ」
冒険者たちは次々と高難度依頼の紙を引きちぎっていく。
「よし、俺は《砂蛇の王》行ってくる!」
「“飯で勝つ”ってやつだな!」
厨房の隅でそれを見ていた莉子は、目を丸くした。
「……そんなに、効いてるんだ」
「効きすぎてるくらいだな。まさか“戦力”になるとは」
ザハルが苦笑する。莉子は静かに包丁の柄を撫でた。
(料理って……人の力になれるんだ)
⸻
午後、莉子は野営任務に同行することになった。
ティナ、ザハル、そして数名の冒険者と共に、森の討伐拠点へ向かう。
「接近、三体。右前方!」
「ティナ!」
「煙、撒くよっ!」
ティナが爆煙玉を投げ、視界が曇る。
莉子は包丁を抜き、魔力の共鳴に耳を澄ませた。
(筋肉のつき方……後脚の腱に切り込みを入れれば、崩れる)
肉の“締まり”を読む料理人の目で、動きを予測。
一閃、光が走り、三つ目のケモノ型魔獣――バッドファングが膝から崩れ落ちた。
「……調理の視点で戦ってる……?」
ザハルが呆然とつぶやいた。
⸻
夜、野営地。焚き火の明かりの下で、莉子は夕食を準備していた。
「今日は、ちょっと和風にしてみたんだ」
鍋の中には、バッドファングの肉と森のクレスリーフ、シメタケ、バレーション根。
だし代わりに炙った白魚と、乾かした陽輪草。
「なんちゃって豚汁、かな」
手元の小麦粉とバレーション粉を混ぜたすいとんも投入。
湯気と共に、やわらかな懐かしさが広がる。
「……うま……!」
「この味、安心する……」
莉子は笑みを浮かべる一方、ふと心の中で呟いた。
(インスタント味噌汁やレトルトカレーがあったら、もっと楽できるんだけどな……)
(でも――自分で作ったこの味の方が、ずっと好きだ)
包丁が、静かに輝きを返した。
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この作品ではあまりゲーム感を出したくないな〜と考えており、ステータス表記は控えているのですが、莉子のステータスは転移直後に比べてかなり向上しています。
良きところでまたステータス表記を入れようかな?
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