第3話 この世界は簡単ではない



 夢仲さんは資料を何枚か僕に見せるように並べた。



「パパさんのお仕事は一つ、女性とデートをするだけ。そのデートにかかるお金なんかは全て女性側が出すから、凛くんは一円も出さなくていいの」

「えっと、その……本当にいいんですか?」

「ん、なにが~?」

「その、女性の人に全部出してもらうの。僕も少しぐらい出した方がいいんじゃ……」



 本か何かで読んだデートは男性側がお金を出すか、もしくは割勘というのが普通だった。

 デートしてお金を出さないで、しかもそれでお給料まで貰えるなんて。



「ん~、いらないよ。だってニュー・ススキノに来ている女性の多くはお金持ちの成功者ばかりだから。そもそも女性が男性に奢ってもらったなんて知り合いにバレたら笑い者だよ?」

「そ、そうなんですね」

「そうそう。だから気にしないの~」



 今は昔と違う。

 そして、僕の育った孤児院とも違う。

 都会では僕の常識は違うんだと理解する。



「じゃあ、簡単にデートの流れを説明するね~。まず、このスマホのマッチングアプリ【パパーズ】で女性と待ち合わせをします。そしてデート。デート内容は女性が決める場合がほとんどだけど、慣れてない女性には男性側からエスコートしてあげる必要があるの」



 僕は夢仲さんの話をメモしながら何度も頷く。



「デート代はさっきも言ったように全て女性持ち。目的地までの移動で使ったタクシー代も、車の中で飲んだ飲料代も全部。女性がこのパパーズの電子マネー機能でお支払いすると、パパーズにその代金分のパパ活ポイントPPとして記録されるの」



 パパーズの画面を確認すると、僕の項目にはパパ活ポイント0の表示が。



「150円の飲料代をご馳走してもらったら150ポイント。タクシー代をご馳走してもらったらそのタクシー代が。女性が飲み食いしたお金も、基本的にこのニュー・ススキノでパパーズを使って使用したお金は全部パパ活ポイントとして記録されるの」

「なるほど」

「ちなみにだけど、パパーズは男性と一緒にいるときにしか使ってはいけないというルールがあるの。前に女性が一人なのにパパーズを使ってお買い物して、男性にPPを付与して給料の何パーセントを貰って稼ぐ子とかいたの」

「そういう方法もあるんですか」

「まあ、男女共に規約違反で世界各地の歓楽街出禁になっちゃったけどね~。中にはこういう悪巧み抜きにして優しさでそう考える子もいるけど、そういう時はちゃんと断ってね」



 僕は何度も頷く。



「まあ、ルール違反じゃない裏技みたいな方法もあるけど……それは今は覚えなくていいかな~。で、そのポイント数に応じてお給料がもらえるの。何千ポイントだといくら、何万ポイントだといくらって感じで、その月に稼いだポイント数に応じてお給料が変わるの」

「デート代までご馳走してもらって、お給料まで」

「その分、この街で出費してくれたら街の活性化になるから。そうやって街が潤っていく──って、あれ~」



 夢仲さんが資料を確認して大きくため息をつく。



「違う資料を持ってきちゃった~。凛くん、ごめんね、少し待ってて」

「はい、わかりました!」



 夢仲さんがデスクへと向かう。

 その間に僕の中で整理する。


 パパの仕事は女性とデートをすること。

 その代金は女性が払い、その払ってもらった金額によってパパ活ポイントが増える。

 頭で考えると簡単なんだけど、こんな簡単すぎていいのかなって思っちゃった。


『ごめんね、子供たち。今日の夜ご飯はパン一個とシチューだけなの』

『ううん、パンだけじゃなくてシチューもあるなんて嬉しいよ! ありがとう、シスター!』


 貧乏な孤児院で育った僕の考えがおかしいのかな。

 女性とデートしてご馳走してもらうだけでなく、お給料まで貰えるなんて。



「──男に生まれてきて良かったな!」

「え?」



 不意に声をかけられた。

 それだけでなく肩を組まれた。

 その人は男性で、明るい髪色の彼は笑顔を浮かべていた。



「女と適当にデートして、飯とか酒とかを奢らせたら国から給料として金を貰えるんだぜ? めっちゃヌルゲーだろ」

「え、えっと……」

「ああ、俺? 俺は柏木優雅かしわぎゆうが! 少し前からパパとして働くことになったんだよ!」

「そうなんですね、僕は青葉凛です」

「凛な、オーケーオーケー。ってか、なんか女みたいな名前だな!」



 大笑いされた。



「まあいいや、それよりお前も気付いただろ?」

「えっ、何がですか?」

「必勝法だよ。いいか、デートのときに使った金が全部ポイントになるんだぜ? それはもちろん、食った飯代も移動代も、なんならプレゼント代もだ」

「プレゼント代?」

「んだよ、察しが悪いな。いいか、昼飯代なんてたかだか数千円だろ? そんなはした金でコツコツ稼ぐよりも、大きい金額のプレゼントを女に奢らせた方が手っ取り早く稼げるだろ?」



 このポイントは女性が男性にパパーズというウォレット機能を経由して支払いした金額だ。

 それがデート代だけとは夢仲さんも言ってなかった。

 だから優雅さんの言ったように、より多くのポイントを稼ぐならご飯代よりも……。



「で、でも」

「あ? ったく、わかってねえな。いいか、女ってのはな──」

「──凛くん、お友達?」



 そこで夢仲さんが戻って来た。



「おっ、お前の担当か? いやー、どうもどうも、俺は柏木優雅って言います!」

「柏木さん、ですか……。私は凛くんの担当の夢仲碧衣です~」

「おっ、碧衣ちゃんね! オーケーオーケー、歳も近そうだし、俺のことも優雅って呼び捨てでいいからね!」



 おどおどした僕とは違って一気に距離を詰める優雅さんを見て、純粋に凄いなと思った。

 こういう人が女性にモテるのかなって。

 だけど、



「……気持ち悪い」



 上機嫌に話している優雅さんには聞こえていないようだったけど、夢仲さんは小さな声でそう言った。



「柏木さん、まだ説明の続きだから後にしてもらっていいかな~?」

「ちょいちょい、だからー、歳も近いんだからさん付けなんて──」

「柏木さん、まだ説明の続きだから後にしてもらっていいかな~?」

「え、あぁ、そっすよね。了解しました、じゃ、俺はこれで!」



 優雅さんは夢仲さんの不穏な空気を察してか、逃げるように走り去っていった。

 再び席に座った夢仲さんは、変わらないふわふわした笑顔を浮かべていた。


 さっきのは、僕の聞き間違い?



「ん、お姉さんの顔をじーっと見てどうしたの~」

「え、い、いや、なんでもないです!」

「ふふっ、そっか~。ところで、さっきの彼は凛くんのお友達~?」

「友達というか、いきなり話しかけられて」

「そっかあ~。たしか彼も数日前にパパになったばかりだから、凛くんのこと同期だと思って話しかけてきたのかな~」



 でも。

 夢仲さんは笑顔のまま、首を傾げた。



「付き合うお友達は選ばないと。同期なんて、どうせすぐいなくなちゃうんだから」

「え……?」



 夢仲さんは少し考えるような沈黙の後、僕をジッと見つめる。



「……こういうのは追々と思ってたけど、改めて話しておこうかな。凛くん、何度も『デートしただけでお金貰っていいのかな』って不安そうにしていたけど、その通りなの」

「は、はい……」

「いくら男性とデートして女性が街にお金を落としてくれるからって、パパさんたちのお給料分を補填するだけの金額にはならないの。だからパパさんに求めるのは一つだけ。”この世界に生まれた少数の女性”を幸せにするようなデートをすることなの」

「少数の女性を?」

「この言葉の意味は、もう少しこの世界で生活したらすぐわかるかな。どっちにしろ、お金を稼ぐのって大変だから。──この世界の男なら特にね?」



 閉じた目蓋の先の瞳が僕を見つめる。

 さっきまで綺麗だと思っていたのに、今は怖いと思った。

 それも不気味だって。そんなこと思ったらいけない、顔に出したらいけない。

 僕は弱々しく「頑張ります」とだけ答えた。



「……うん、応援してるね~。それじゃ、手続きを済ませちゃおっか~」



 その言葉で元の僕が最初に会った夢仲さんに戻り、手続きは粛々と進められた。










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