第2話 始まりの歓楽街 ~ニュー・ススキノ~



「ここが、ニュー・ススキノ。北海道エリアで一番稼げる歓楽街!」



 かつてはウイスキーで有名なひげもじゃのおじいさんの看板があったすすきのの街の入口は、まだお昼前の時間なのに騒がしい音楽と電子看板で溢れていた。

 でかでかとした3Dのお姉さんが四つん這いのポーズを取っている足下を歩いて、僕はニュー・ススキノに入っていく。

 僕の住んでいた田舎町とはまるで違う都会の街並みに全身を震えさせながら歩いていくと、



「──でさあ!」



 不意に大きな声が聞こえてビクッと反応する。

 背中に抱えたバックの肩掛けを持つ両手に自然と力が入る。



「帰ったら、クラブ行かない? 明日は仕事休みでさ、朝までオールでいけるんだよねぇ!」

「えー、また? あんた最近クラブばっか行ってない?」

「そう? 別にそんなこと……あるかも? だってだって、そこのDJやってるYUNIユニさん、めーっちゃタイプなんだもん!」

「だからってもう。まー、少しなら……と思ったけど、ごめん、今夜はダメ。推しアイドルのLIVE配信があるんだよね」

「えー、そっちこそ毎日アイドルアイドルって……ん?」



 二人の女性がストローに口を付けたまま僕を見る。



「女の子?」

「いや、男の子じゃない? だって手首に出生記録のバーコードバンド付けてるし」



 僕の右手首に刻まれた”男だけ”に付けられるバンドを指差す女の人。



「珍しっ、こんなとこに男の子いんだけど」

「ほんとね。大人の男なら見るけど、男の子なんて生まれて初めて見たかも。もしかして迷子?」



 話しかけられたのかわからなかったけど、二人とも僕を見て話すから慌てて首を大きく横に振った。



「い、いえ! 僕、ここにお仕事を探しに来たとこで!」

「仕事? こんなとこに男の子ができるような仕事なんてあったっけ?」

「もしかしてパパ活じゃない?」

「あー、なるほどなるほど。じゃあ、予約した子と待ち合わせとか?」

「いえ、まだ……」

「ふーん。登録名は?」



 二人がスマホを取り出す。



「えっと、青葉凛です!」

「青葉凛くんねぇ……えーっと、あっ、あった」

「評価もレビューもポイントも無し、まだ未活動のパパさんかあ。ってことはニュー・ススキノに来たばっかかな?」

「はい、そうです!」

「じゃあ、これから一旗揚げるぞーって感じの子かあ」



 スマホをバックに戻す。

 そこで僕への興味が薄れたように感じた。



「応援込みでお客さんになってあげたいんだけど、ごめんね。うちら男に興味なくて。パパ活とかもやってないから、お客さんになってあげられないんだ」

「い、いえ、大丈夫です!」

「そういえば、登録手続きはもう済んだの?」

「まだです!」

「そっか。じゃあ、この先にある三つ目の信号を右に行ったらニュー・ススキノ治安維持局があるから。そこで手続きしておいで」

「ありがとうございます!」



 大きく頭を下げると、二人は「頑張ってねー」と手をひらひら振ってどこかへ行ってしまった。


 言われた通り歩くと到着した。



「ここがニュー・ススキノ治安維持局。怖いお姉さんがいっぱいいるところ」



 パパ活だけでなくニュー・ススキノに出入りする”男”という性別の管理を行う世界中にある施設の一つ。

 前にパパ活を引退したおじいちゃんが『いいか、凛。治安維持局の女性にだけは逆らっちゃいかん。もし睨まれれば、容赦なくあそこを──ちょきんじゃ!』と言われた。

 そんな話を聞いたからか、入口前で躊躇ってしまった。



「あら? 新規のパパさんですか~?」



 すると、不意に声をかけられた。

 振り返ると目を細めた綺麗な女性が首を傾げる。



「え、あの」

「この辺では見ない顔なのでそうかな~って。お名前は?」

「青葉、凛です……!」

「凛くんですね~。ニュー・ススキノに来たってことは、パパ活の登録に来たんですよね?」

「は、はい!」



 紺の生地に朱色の装飾で彩られた制服に、鍔の付いた制帽、それとニュー・ススキノのマークである雪の腕章。

 クリーム色の長い巻き髪で、にこにこと微笑んでいるのがよくわかる糸のように細い目。

 僕を見ながら左右に揺れているから、全体的におっとりした感じの雰囲気があるけど、いざ目が合い、微笑まれると、なぜだか恥ずかしくて顔を背けちゃう。


 たぶん治安維持局の人だと思うけど、おじいちゃんから聞いて想像していた屈強な女性とは正反対だ。

 それに服装も、もっとこう、軍服みたいだって聞いてたんだけど。


 お姉さんは僕の目線の高さに合わせるようにしゃがむと首を傾げる。



「そっか~。じゃあ、もし誰かの紹介とかでなければ、このままお姉さんが手続きするけど大丈夫?」

「は、はい、よろしくお願いします!」

「ふふっ、お願いされました~。でも、そんなに緊張しないでね」



 そう言って施設内へと案内された。

 イスに座り、何枚かの書類をテーブルに並べられる。



「それじゃあ、改めまして。ニュー・ススキノ治安維持局”男性支援課”の、夢仲碧衣ゆめなかあおいです。今日から凛くんの担当になります」



 名刺を渡され、受け取る。

 さっきまでかけていなかった眼鏡をかけ、目蓋を閉じたまま微笑む夢仲さんに、僕は何度も「よろしくお願いします! よろしくお願いします!」と返事をする。



「ふふっ、そんなに緊張しなくていいのに~」

「す、すみません」

「謝るのも禁止だよ、もう~。あ、でも、そういう初心な反応が好きな女性もいるから、無理に直さなくてもいいかな? まあ、その辺は追々ということで……」



 夢仲さんは資料を手にする。



「凛くんは、ニュー・ススキノに来たことはある?」

「いえ、初めてです!」

「そっかそっか~。まだお昼なのにあちこち照明とか3D映像とか凄くてびっくりしたでしょ~」

「はい。いつもあんな感じなんですか?」

「そうだよ~。ただ夜はもっと凄いの、昼間の比じゃないぐらい。きっと凛くん、見たら目ん玉が飛び出しちゃうかも」

「ええ、そんなにですか!?」



 ここまで来るのに見た光景だって僕にはありえないのに。



「それは夜になってからのお楽しみかな~。それじゃあ、凛くんのお仕事についての説明──前に、少し歴史のお勉強を」



 と、夢仲さんはどうしてこの世界から男性が消え、女性ばかりになったかを説明してくれた。



「元を辿れば百年ぐらい前かな。”カリオトナーレ”という経口避妊薬……わかりやすい言葉だと、ピルと呼ばれる薬の流行が原因でこの世界はこうなっちゃったの」

「たしか、それを飲んだ女性から生まれてくる子供はみんな女の子ばかりになったんでしたよね?」

「そう、薬の検証実験段階では回数と使用期間が足りなくて、そこまではわからなかったらしいね。実際にそうだと気付いたのも、薬が流行り出してから二、三年後とかだって。で、慌ててカリオトナーレは開発を中止されたけど」



 夢仲さんは首を左右に振った。



「流行ってみんなもう使った後。経口避妊薬は避妊以外にも使う理由があるから。……どんなときに使うか、凛くんにわかるかな~?」

「え、い、いや……」

「んふ~、教えてあげよっかなぁ~」



 夢仲さんがにんまりと微笑むのを見て、僕はぶんぶんと顔を振る。



「だ、大丈夫です!」

「ふふ、冗談なのに。顔、すっごく真っ赤だよ?」

「夢仲さんがからかうから……」

「ごめんごめん。じゃあ、凛くんの可愛い反応を見れたところで話を戻すね。女の人ばかり増えるから男の子が生まれなくなった。そうしたら必然的に子供の出生率も減る」

「人類滅亡の危機、とか言われてたんですよね?」

「そうそう。だけど偉い人が女性同士で子供を作れる技術を開発したの。あっ、これに関しては、いくら凛くんにお願いされても内緒ね。女性だけの秘密だから♪」

「別に教えてくださいなんて言ってないじゃないですか!」

「教えてほしそうな顔してたから……違う?」



 気にならないというわけではないけど。

 そんな心の声が顔に出てたのか、僕は顔を背けて隠す。



「ごめんね~、からかいがいがあって、つい。男の子と会話するのなんてもう何年も前のことだから。それでこの世界の九割は女性、残り一割が男性の世界になったの。これが今のこの世界についてかな。そして、そんな世界で生まれたお仕事が──パパ活。昔は父親のことをパパって呼んでいたとこから、この呼び方が定着したんだよ~」










今日はこの後21時11分の3話更新です。

明日からは19時11分に毎日更新する予定です。

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