正しさの檻 ―御門律、孤高の選挙戦―
Algo Lighter アルゴライター
第1章 第1話「正しさがすべてだった頃」
御門律は、間違えることが怖かった。
幼いころから、そういう子だった。
計算は速く、読解力も高く、情報処理に一切のムダがない──そう評価されてきた。
教師も親も、彼に“正しさ”を求め、それを当然のように与えてくれる彼に、感嘆と期待を重ねた。
律自身、それを嫌だとは思わなかった。
むしろ、自分は「そういう人間」なのだと納得していた。
「間違わない」
「論理的に導き出す」
「他者の感情に流されない」
──それが、御門律の“正義”だった。
だが、それは静かに彼の世界を狭めていった。
感情を語る友人の言葉が、どこか現実味を欠いて聞こえた。
憤るクラスメイトの正義感は、感情の暴走に見えた。
誰かの涙には、困惑しか抱けなかった。
「なぜ泣くんだろう。理屈で話せば済むのに」
──そう思ったことすらあった。
中学二年の冬。
クラスの推薦で、生徒代表として校則改定の審議に立った。
そこで彼は、圧倒的な評価を受けた。
誰よりも早くデータを揃え、統計と根拠に基づいた提案を行い、
感情論に走る他の候補者を、冷静な言葉で封じていった。
そのとき、初めて彼は“歓声”を浴びた。
「御門って、完璧だよな」
「すごい……あんなふうに言い返せたらな」
──その称賛が、律の中で確信へと変わった。
「正しさは、力だ」
「感情は、支配される側の弱さだ」
そして彼は、もう一歩進む。
「感情を排すための、完全な相棒」が必要だと気づいたのだ。
その名が──AI《オルクス》。
オルクスは、あらゆる意見を解析し、最適解を提示する。
人間の曖昧な感情など関係なく、“勝ち筋”だけを描き出す。
御門律にとって、それは“自分と世界の間に置くバリア”だった。
以後、彼の発言の多くは、オルクスによる予測をベースにしたものとなった。
高校に進学してすぐの生徒会長選挙。
彼は一度も感情を語らずに勝利した。
公約は合理的で、演説は端的で、無駄がなかった。
多くの支持が集まり、彼は“勝った”。
でも──彼は、心からの笑顔を誰にも返せなかった。
勝ったのに、誰とも心が通わない。
正しかったのに、教室が静かすぎる。
味方はいても、理解者はいない。
“共感されること”を捨てて得た勝利が、
あまりにも空虚だったことに、彼はまだ気づいていなかった。
──その頃、まだ名前も知らなかった男が、
後に彼の最大の敵となり、
そして、もっとも彼を“理解”してくれる存在になるとは──
このとき、想像すらしていなかった。
御門律。
正しさの中に閉じこもる少年の、最初の記憶。
それが、「すべての始まり」だった。
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