3
翌朝。寝ている俺を起こしたのは、スマホのアラームでも母親でもなく。なんと、可愛い女子高生だった。
あるんだなあ、こんな漫画みたいなこと。
おかげで寝起きの悪い俺が、生まれて初めて一瞬で飛び起きてみせたのだった。
「迎えに行くって言ったのに、寝てるなんて……」
「ごめん。でも時間は約束してなかっただろ?」
「むー」
ぷくっと頬を膨らませるレーちゃんと並んで歩く。
サラサラの長い黒髪姿は凛としているが、表情がころころと変わって本当に可愛らしい。
そんなことを思いながら、俺は今の状況が不思議でならなかった。
この俺が朝ごはんをしっかりと食べて、休みの日なのに朝から外出。しかも徒歩。おまけに女の子と並んで。
普段の俺なら絶対に有り得ない。
昼過ぎに起きて、クーラーの良く効いた部屋でゲームをして、そしてまた寝る。
その俺がこんな健康的な生活をしているだなんて、昨日までの自分なら信じられないと言うだろう。
見上げた空でじりじりと照りつけている太陽が恨めしい。本当に暑い。この野郎。
レーちゃんがいなかったら、ずっと寝てばっかりいただろうに。
そんな美人の腕の中には、一匹の黒猫がいる。触れている面積は想像するだけで暑そうだ。
「で、どこに行くんだ?」
「川だよ」
「川? その子も一緒に川に行くの?」
猫って水が苦手じゃなかったっけ? まあ俺よりも彼女の方が詳しいだろうし、余計なことは言わなくていいか。
「ん? イツのこと? そうだよ」
「その子、イツっていうんだ?」
「もう、お兄ちゃんってば、イツのことも忘れちゃったの?」
あれ、こんな黒猫、昔からいたっけ? だとしたら少なくとも十二年前から飼ってるってことになるけど、そんな歳にも見えないな。
って、そんなことよりもヤバい。また悲しそうな顔をさせてしまった。
全然わからないけど、彼女のこともふと思い出せたし、きっと大丈夫だろう。
「あ、あー、イツ! 思い出した。イツね」
「良かった。ちゃんと思い出してくれたんだね」
本当はまだ思い出していないけれど、なんとかなるだろう。
とりあえずレーちゃんが笑顔になってくれて良かった。
俺は、どうやらこの子の悲しそうな顔には弱いようだ。
しかし、こんな可愛い子がいるのに、どうして俺はこの田舎へ来ることを嫌がっていたんだろうか。
こんな妹のような女の子がいれば、ほぼ毎年、盆と正月には帰省する両親にくっついて来ていそうなものなのに。
しかも、彼女のことを忘れていただなんて……。
「お兄ちゃん、こっちだよ」
「おう……って、うわあ!」
「どうかしたの?」
「いや、ちょっとびっくりして……」
「ああ、首きり地蔵様?」
「首きり、地蔵?」
川へと向かう途中の分かれ道のそばに、地蔵が並んでいた。
しかし、その姿は頭のないもので。
思わずまじまじと見てしまう俺とは裏腹に、彼女はしれっとそれらが首きり地蔵だと教えてくれた。
「首きり六地蔵だよ。覚えてない?」
「そう言われたら、何だか朧気に……っていうか、六地蔵?」
「うん。そうだよ」
「六って……だって……」
どう見ても、五体しかないんだけど……。
「首がない理由は、こうだと言われているんだよ――ずっと昔、戦いに敗れてこの地に落ち逃げたお姫様たちがいたんだ。けど、捕まってしまって、首を切られて処刑されてしまったの。そのことを嘆いた当時の村の人が、弔い祀ったから首がないんだって」
「へえ……」
「首から上に関することの願い事が叶うって言われているんだよ」
「え、そうなんだ」
「噂みたいなものだけどね。この辺の人たちは皆、何かあればここへ来てる。私も高校受験の前に友達と来たよ。成績が上がって、高校に受かりますようにって」
「へえ……」
見た瞬間に感じた寒気は、その話によって吹き飛んでいた。
勝手に恐怖を感じていたけれど、案外そういうものではないのか。
きっと、元々六体あったのが、台風か何かで今は五体になっちゃったんだろうな。
作られたのがどれぐらい前なのかはわからないけれど、お姫様とかってたぶんすげえ昔の話じゃん。戦国時代とかだよ、きっと。
今ある五体も、よく見れば欠けているところもあるし。
あるある。ありそう。
「さ、早く行こう」
「ああ」
俺はレーちゃんに手を引かれ、再び歩き出した。
五体の首きり六地蔵の前を通って。
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