空席の地蔵様
広茂実理
1
「外、暑そうだな……」
ガンガンにクーラーの効いた車内。その快適な空間で冷やされたペットボトルのジュースを、呷るように口にして。
俺は、窓越しにも関わらず鋭く刺さる、夏の太陽光を睨みつけた。
助手席でただただ暇を持て余すだけの俺は、考えなしに窓を開ける。そして即座に己の行いを悔いた。
じりじりと照りつける日差しに、気持ちの悪いくらいに纏わりつく湿度高めの風。
まるで「耳にくっつきました。さあ、生きた証を聞いて!」と言わんばかりな大音量のセミの鳴き声が、より暑さを助長して一気に俺を襲ってきたのだ。
すかさず窓を閉めて、冷風が自身に当たるよう調整する。
「ありえん。外は異世界だ……。にしても、マジで田舎だな」
見える景色は、山、山、山。
ガタガタの舗装されていない道路。
車も、人影さえ見えない。
辺りにあるのは、とにかく山。そして広がる田畑と、これぞ夏! と言わんばかりの青い空に白い雲。
建造物はぽつん、ぽつんと古民家が見えている程度だった。電線より高い建物は、今のところ見当たらない。おそらくこの辺りには存在しないのだろう。
助手席で頬杖をつきながら、ぼーっと滅多に見ることのない、目に良さそうな景色を眺めていた俺は、視線をそのままにハンドルを握る父親へと口を開いた。
「なあ、まだなの?」
「もう少しだ。あと一時間くらいだな。何だ、トイレか?」
「違う。ってか、もう少しってそれ、さっきも聞いたし。時間もほとんど変わってないじゃん…………やっぱり来るんじゃなかった」
この車が向かっているのは、祖父母の住む父親の実家。いわゆる盆休み中の帰省というやつだ。
しかし困ったことに、その家はかなり
最寄り駅から車で一時間。しかもその最寄り駅にたどり着くためには、新幹線を降りてから乗り換えに乗り換えをした挙句、一日に数本しか走っていない電車に乗らなければならない。おまけにその電車は二車両編成だ。
走っているところに遭遇した時は、そのあまりの短さに驚いて、まじまじと見てしまった。同時に、両親が電車くらいでレアな物を目撃したかのようにはしゃいでいたのが、ウザかった。
電車以外の手段にはバスもあるが、最寄り駅から出ているバスも数時間に一本という状態で。とにかく公共の機関よりも車の方が移動に便利ということで、俺たち親子三人は、こうして数時間かけて高速道路を使い、今は一般道路を走っている。
「えっと、確かこの辺に……」
「あ、あったわよ」
「え、何?」
きょろきょろと何かを探していた父親。
すかさず見つけたらしい母親が後部座席から指差す先に視線をずらすと、そこにはコンビニがあった。
「ここを逃すと、もう店はないからな。必要な物は忘れずに買っておくんだぞ」
「はあ?」
父親の言葉に、俺は開いた口が塞がらない。
確かさっき、あと一時間くらいって言ってなかったか?
どうやら祖父母の家の周りには、コンビニもスーパーも何もないらしい。買い物はいつも月に二、三回、近くに住む叔母一家が祖父母を街の方へ連れ出し、必要なものを買い込むのだそうだ。
「マジかよ」
こんなに必要なのかってくらい広い駐車場に車を停めて。まず店の外観に躊躇した。
なんか、寂れてる。え? 大量の小さい虫がくっ付いてるんですけど。
これで本当に営業しているのかと、思わず怪しんでしまう。客の姿も見当たらないし。
というか、二十二時までって書いてある。コンビニって二十四時間営業じゃないのか。
戸惑いながらも親の後ろについて中に入ると、クーラーが良く効いてい、なかった。期待を裏切られて更にへこんだところに、トカゲらしき生物を発見し、二度見した。
すすす、とそれを大きく避けながら、とりあえずジュースやお菓子類をカゴに入れて親に託す。そしてふらっと立ち寄った雑誌コーナーを前に、俺は立ち尽くしてしまった。
「これ、いつの……」
時差でもあっただろうか。ここ、同じ国だよな?
並ぶ雑誌はどれも最新の物ではなかった。もっと時間を潰せそうな物を持ってきておくのだったと後悔する。
「ほら、行くわよ」
「へーい」
母親に呼ばれ、外へ出た。
狙いを定めたかのように襲いくる外気にやられながらも、俺はあっという間に熱されてしまった車の中へと戻ったのだった。
これは、俺の大学一年の夏休みの出来事。
この時は、まさかあんなことに遭遇するなんて、夢にも思っていなかった。
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