第21話


味覚も嗅覚も効かなくなって、私は食べる楽しみを失った。今までは香りでなんとか食べれていたが、そろそろ無理そうだ。


「ルアーナ様、もっとお食べに……」


使用人たちも心配してくれているのはわかるし、ありがたいのだが、これ以上食べるのが苦痛だった。


「ねぇ、リナ。久しぶりに、散歩したいわ」

「…えぇ、では行きましょうか」


日傘を持って、私は外へ出る。痩せ細った身体で動くのは少々辛いけれど。


「あれは……?」


セシルと、令嬢。誰かはわからないけれど、可愛い人であることは一目でわかった。

セシルはすごく楽しそうに笑っている。


あんな心からの笑顔、見たことない。


「私にも」


見せて欲しい……と思ったところで、私は自分の身勝手さに呆れる。

なんでそんなに求めているのか、自分でもよくわからない。

でも、あの令嬢が羨ましいことだけは確かだった。


そうだ。

彼には想い人がいるのだ、きっと。私なんかよりもずっとずっと大好きな。


「おかえりなさい、セシル」

「あぁ、ただいま」


セシルの着替えが終わったところで、私は彼に話しかけてみる。


「セシル。セシルって想い人がいたりした、?」

「え?」

「ほら、好きな女性ひと


セシルはふるふると首を横に振った。


「でも今日、どなたかとお話しなさってたわよね」

「あぁ……見てたのか」

「ええ。すごく、楽しそうに、笑って……」


あれ、私、今何を言ってるの?


「そうだったか?」

「ええ……」


自分にも、なんて都合が良すぎる。第一、彼は私のことなんて微塵も好きではないのに、一緒にいて楽しくなんてないだろう。


「ルア。何か不便はない?」

「特にないけれど…」

「そう、よかった」


てきとうに誤魔化されたような気がした。

やっぱり、なにかあるのだ、きっと。



「今日は暑いわね」

「はい……ほんとに汗が止まりませんっ!」


リナが少しいらいらしているのを知っている。蒸し暑いからだけだが。


「リナらしいわね」


今日は、公爵邸でも少し離れにいた前公爵と前公爵夫人がおかえりになる日だ。


「お二人とも、お気をつけて」

「ええ、ありがとう。あなたも元気でね」

「…はい」


騙しているような気がして気持ち悪い。というか、今日は一段と身体がだるく、気持ち悪いのだ。不快感というのが当てはまるのだろうか。


「セシルをよろしく頼んだぞ」

「はい、前公爵様」


体調が悪い。暑いから?それとも、別の何かが……?


二人が馬車に乗り去ったのを見て、私はふらふらと自室へ戻る。

今日一日はじっとしていよう。そしたらすぐ良くなるわ。


そう思ってベッドに横になった。



目が覚めたのは、セシルが帰ってくるちょっと前だった。

相変わらずの体調不良に気が滅入りそうだ。


「おかえりなさい、セシル」

「ただいま……ルア、今日はなんか顔色が悪いね」

「そんな、こと、」


ない。そう言おうとしてーー。


「ルア!」


私は、倒れてしまったのだ。











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