第20話

「ねえ、嘘よね?嘘でしょ?……嘘だと言って!!」

「……」


こんなの、あるはずがない。


「どうして、隠していたの?」


この死は、病気じゃない。呪いだ。

それに、五感が、失われるなんて。

死ぬにしても、ただ死ぬだけじゃないんだ。苦痛に耐えていかなければならないなんて。


「ねぇ、どういうこと……」


そこで、セシルの背後にある書類を見つける。


「婚約者……?」


婚約者を探す書類?なのだろうか。いつのものか知らないが、つまり……。


「セシル、黙ってないで何か言って」

「……」


彼はずっとだんまりだ。私が問い詰めてから、ずっと。


「私は、そんなに信用ならないの、?私は私のことすら知ってはいけないの?」


そんなわけがない。どうして、他人の方が私のことを知っているのか。私の認識は、「余命わずか」という時点で止まっているのに。


「それに、私のことを婚約者として認めたくないってこと…?」

「え…?」

「後ろの、書類。それ、婚約者探しの書類でしょう?」

「これは……」


彼は焦っている。ここにあるということは、少なくとも「婚約者」がいる上でつくられた書類。


「……そうよね」


だって彼は、私を愛していないもの。婚約者として認めたくないほどにーー。


「違う。聞いてくれ。これは、ラズールの婚約者探しだ」

「…え?」

「誤解だ……」


ラズールの……?

大きな勘違い。恥晒しもいいところだ。思わず顔を赤くする。

けれど……。


「じゃあ、この書類は、?」


私の余命、呪いについて書かれた書類。


「それは、」

「なんで言ってくれないの?覚悟もせずに…私、」


涙が溢れてくる。なんで、言ってくれないのか。なにも知らないまま私は私の五感の五分の二を失った。

けれど、彼は知っていた。


「…言ったら、君が悲しむと思った」

「え…?」

「笑顔のないルアなんて、見てられない」


意味がわからなかった。


「ねえセシル」

「……」

「私、嗅覚も失ったのよ」



ずっとずっと、疑問に思っていた。

味覚がなくなったと言ったときに、なぜ彼はあんなにも取り乱したのか。医者にも見せず、ただ焦っていた。


今思えば、最初から五感を失うことなど当に知っていたのだろう。


もうわけがわからない。

あと二ヶ月を、乗り切れるわけもない。


そのままそこで私は深い眠りについた。



次の朝、私たちはすぐに会ってしまった。


「…えっと、その」


セシルは気まずそうに言う。


「昨日は……いや、今まで、ずっと黙っていてすまなかった」

「…いえ、私も取り乱してすみませんでした……」


思えば、彼は彼なりに、私のことを思ってくれていた。傷つけたくない、悲しませたくないと、そう思ったから、私に言わなかっただけだ。

信用とか、そういった話ではない。


「ごめんなさい」

「いや、こちらこそすまない」


一旦仲直りしたところで、彼は一度私の身体を見た。味覚を失って、異常に食べることを恐れて食べなくなり、痩せ細った私を。


「…ごめん」


悲しそうな謝罪とともに、彼は仕事へ向かった。

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