3-3 プリヤ、ナーガと戦う

 ナーガはまさに獲物を食らおうとする蛇のごとく、その長い体を踊らせて襲いかかってきた。

 急斜面をものともしない俊敏な動きだ。プリヤは間一髪で回避し、上方の岩に掴まる。


「なかなかすばしっこいな。しかし人間にとってはどうしようもないこの悪所、お前は必死に避けるのがせいぜいだろう」

「うん、あなた以上に素早く動くのは難しそうかな」


 いかにチャクラを目覚めさせようと人間である。少なくともこの場所で速度勝負は無謀だとプリヤは算段を付けた。


「しかしお前はよく見ればいい女ではないか」

「えっ、本当に? 赤ちゃん産ませたくなるくらい?」

「……なんだそれは。奇妙なことをほざきおって」

「わたしはね、竜神さんの赤ちゃんを産ませてもらいたくてここに来たんだ。ナーガさんがいい女って認めてくれるなら、竜神さんも同じように考えてくれそう!」


 ナーガは面食らった。これまで相手にしてきた聖仙は皆、神話の時代から生きる自分に恐れおののいたものだったのに。


「あの御方がお前のような小娘など相手にするか! とにかくその美味そうな肉と精気、我が物としてくれようぞ」

「やーん、美味そうな肉だなんて♪」

「ええい、だまらんか! もはや容赦せんぞ」


 ナーガは崖を滑るように移動し、あっという間にプリヤの背後に回った。

 プリヤが振り返ったところで、ナーガは長大で強靱な尾を繰り出してきた。


「んっ……!」


 瞬く間にプリヤの胴体に尾が絡まった。

 豊満な胸も尻もあえなく押しつぶされていく。ぬらりと冷たい鱗が繊細な肌を蹂躙していく。


「わはは、泣いて許しを請えば命は助けてやる。そして二度とこの山には近づかぬがいい」

「やあっ、はあっ、ああんっ……!」

「おうおう、いい声だな。そそられるわ」


 するとプリヤは、苦しそうな顔を一転させて、朗らかに笑った。


「わたしの声、興奮する?」

「はあっ?」

「それじゃあ竜神さんにも気に入ってもらえるよね!」


 プリヤは歯を食いしばり、気合いを込めた。


「チャクラ、全開!」


 直後、プリヤの全身が途方もない熱を帯びる。

 ナーガは驚愕した。いかなる聖仙からも感じたことのないチャクラの爆発である。その小さな体が、さながら火を宿したようだった。


「あづっ、あっづーーーっ!」


 ナーガはたまらずプリヤを解放し、泡を食って逃げ出す。

 無論、その隙を見逃すプリヤではない。


「えいっ!」


 掌底を無防備な背中に叩き込むと、ナーガはもんどり打ちながら岩に激突した。長い尾からへなへなと力が抜けていく。


「ま、まいった! お前の勝ちだ」

「えへへ、ありがとうございました」


 律儀にお辞儀をするプリヤ。ナーガは毒気を抜かれた。


「娘、名は何と言う」

「プリヤ! やがて英雄を生み出す女の名前、覚えておいてね」

「いったいどうやって、そこまでのチャクラを身に着けた?」

「んー、聖仙シーリさまに修行を付けてもらったけど、ただそれだけだよ」

「よほどの才に恵まれていたのだな。……神話の時代から、強者というのは何の前触れもなく突然に発生するものだが」


 他ならぬナーガ自身が、何よりも竜神がそうである。なぜこの世に生を受けたかなど、理屈で説明できるものではない。


「竜神さん、わたしのこと気に入ってくれそうかな?」

「そこまでは知らぬ。だがプリヤ、お前は今まで見たどの人間よりも面白い。せいぜい頑張るがいい」

「もちろんだよ。わたしの子が産まれそうになった時は、ぜひ見に来て!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る