3-2 プリヤ、山を登る
「さて……道なんてないよね、やっぱり」
垂直とまではいかないが、きわめて傾斜が厳しい岩肌だ。そこに生命力の強い木がまばらに生えている程度。
しかしシーリから聞いた話では、昔に何人かの聖仙が登頂に挑戦し、成功したことがあるという。そして見事竜神とお目通りしたのだとも。
「だったら、わたしにもできる!」
霊峰ナンダ・ジージでは、まさにこんな日のために訓練を続けてきた。どんな難所も身ひとつで登攀してきたのだ。
スパイスの行き渡った全身を滾らせ、七つのチャクラを回転させる。
大いなる力が下半身に流れ込む。プリヤは地面を両脚で踏みしめ、勢いよく跳躍した。
「よっと!」
傍から見たら伝説の飛空術を使ったのかと思われただろう。プリヤは一息で自身の背丈の十倍以上もの高さに到達した。
ちょうどよさそうな出っ張りを見つけ、はっしと掴まえる。そこからいくらかよじ登り、人ひとりが立てる程度の足場に収まると、再び気息を調え、チャクラを巡らし、また跳躍する。
プリヤはこれを黙々と繰り返した。大地はもう遥か眼下である。悠久の青きインニダス川が流れ、黄緑色の広大な草原が広がり、あの集落がある森も小さく確認できた。
「よーし、この調子で……んっ?」
プリヤの素肌にゾクッと怖気が走った。かつてない剣呑な空気が流れ込んできたのである。
岩肌の向こうからぬるりと滑り込むように現れたそれは、あまりにも異様な姿形であった。
人の上半身がある。しかし下半身は蛇の形を成していた。
「もしかしてあなた、ナーガさん?」
「いかにも俺はナーガだ」
ナーガ。蛇の尾を持つ半神半人の種族である。
数々の聖典に登場し、神と敵対する、あるいは手助けするという逸話がある。水の精霊、雨の精霊とも呼ばれ、大衆にも人気が高い。
「嬉しいなぁ。伝説の存在に会えるなんて!」
「人の娘、お前は何者だ?」
「わたしはプリヤ! 竜神さんに会いに行く途中なの」
「それは久方ぶりの愚か者よ。同じように竜神様に会いたいと抜かす聖仙が数百年前にいたが、俺が蹴散らしてやったわ」
プリヤは首をかしげた。
「ナーガさんは竜神さんの家来なの?」
「おうとも。俺は竜神様の一の家来! 卑小なる人の身であの方に会いたいなどと片腹痛いわ。ゆえにそんな輩は俺が追い返すことにしている」
猛毒を持つが、脱皮を繰り返して生きるという性質から、生と死、両方の象徴として語られるナーガ。
その力は並の聖仙を凌駕するようだ。しかし……。
「蹴散らせなかった聖仙もいたわけでしょ?」
「……ちょっと油断しただけだわ。少なくともお前ごとき小娘、造作もなく叩き落とせるぞ」
「ふうん? じゃあ試してみる?」
竜神に会いにいく。そのことしか頭にないプリヤにとって、これはちょうどいい試練と捉えることができた。これを切り抜けられなければ、竜神の子供を産むという大業は為し得ないだろう。
「よくぞ言った。泣いても知らんぞ!」
「うん、よろしくお願いします!」
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