第十二話:悪夢と吸血姫の香り



 悪夢で目を覚ますといつも宮子の匂いがする。


 おかげで悪夢と宮子の匂いが強く結びついてしまった。

 良い匂いだと思いながらも好きになれないのはそのせいだ。


 俺には決まって悪夢を見る日がある。それは契約を履行し、宮子に血を吸われる日だ。


 大抵その日、宮子はベッドに入って俺の帰りを待っている。それによって布団の中についた宮子の残り香が悪夢で起きた時に香ってくる。なんとも単純な理屈だ。


 だがそのおかげで正気を保てているのかもしれないとも思う。


 俺が見る悪夢もまた、毎回決まっていた。目の前で人が死んでいく夢だ。


 死ぬのは両親や萌、中学の頃の親友、そしてここ数年で見知った相手。車にひかれたり刺されたり、そして高所から落とされたりして死ぬ。


 夢によって誰かは変わるが、誰もが怨嗟の込もった目と声で一人生き残っている俺を激しく責め立てながら死んでいくことは変わらない。


 そうやって黒く重い怨念に飛び起きた俺は宮子の甘い香りを吸い込む。悪夢には出てこない香りに意識を向けているとすぐに現実感が戻り、冷静になれるのだ。

 今日もむせ返るような香りを感じているうちに呼吸も鼓動も落ち着いた。


 一息ついて時間を見るとまだ午前の三時を回ったところだった。起きるには早すぎる。


 すぐに寝る気にもならないし寝られるとも思えないが、俺は諦観を抱えながら布団の中に潜り込む。


 忘れてはいけない嫌な記憶を、悪夢を自分に染み込ませるように宮子の匂いを吸い込む。

 苦く甘い香りに溺れながら微睡みに溶けていくのを待つ。


 背負うべき罰を強く意識しながら、眠りに落ちていくのをただひたすらに待つ。




 そして眠れないまま朝を迎え、シャワーを浴びる。

 身体に付いた匂いを落とすように、絡みついた絶望を洗い流すように丁寧に浴びる。


 頭にこびりつく怨嗟の込められた表情と声を払わなければ安眠出来る日が訪れる事はない。


 しかしそんな日が一生訪れない事を俺は知っている。


 訪れていいとは思わない。



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