中編【銃声こそ我が叫び】

【第4章 安息】



 夜。

 アンソニーが眠りにつくまでの間、ケイは椅子に腰掛け、頬杖をついてランプの灯を見つめている。ガラス越しに揺れる小さな炎が、天井に頼りない影を躍らせる。隣に誰かがいるという、ただそれだけの事がひどく奇妙で、そして穏やかなものに思えた。

 ケイとアンソニーの共同生活が始まりつつあった。これまでの無機質な日々、その隙間に差し込まれたぬるま湯のような時間が、ひたひたとケイの心に沁み込んでいく。沁み込んでいくにつれ、何かが心に芽生えていく。芽生え始めた何かにケイは戸惑いつつ、しかしそれを遠ざけようとはしなかった。もう少しだけ、この快さを味わっていたかった。たとえそれが、命取りになるかもしれないものであっても。

 頬杖をついたまま、視線をアンソニーへと移す。くたびれた毛布にくるまった少年は、うっすらと汗をにじませながらも安らかな寝顔を浮かべている。寝息に合わせ、肩がゆっくりと上下している。──その姿を見て、口端にかすかな笑みが浮かんだ。 

 ふと、昔の記憶が蘇った。年端もいかない幼子の頃の記憶。永らく忘れていた、母との記憶。

 母の顔は思い出せない。しかし、何をしてくれたかは思い出せる。貧民窟のアパートの一角、ぼろぼろの毛布にくるまる自分に寄り添い、唄を唄ってくれていた。低く、掠れた声に乗せられた、ゆったりとした調べの子守唄。

 あの唄は、どういう唄だったか──。

 集中して記憶を辿るが思い出せない。ただ、母の体温と掠れた声が躰の底に残っている。

 やがて、ふっと苦笑した。思い出せたからどうだと言うのだ。子守唄に執着したところでどうにもなりはしない。自分はとっくに声を失くして、唄の一つも唄えないのだから。

 喉の傷痕に手を当てて、ケイはアンソニーの寝姿を眺める。アンソニーは変わらず寝息を立てている。

 寝入るアンソニーを眺めているうち、独りでに眼が細まった。


―――


 ある日、ケイのもとにハーマン商会本部からの緊急召集が通達された。召集リストを見ると、"ハーマンの剣"の中でも最精鋭の者だけが集められている。


『お仕事に行ってくるわ。良い子にして待っていて』


 ケイの筆談にアンソニーは元気よく肯く。

 あの日のやり取り以来、ケイはアンソニーに、自室から一歩も外に出ないよう言いつけていた。幼いアンソニーには酷な話かと思えたが、アンソニーはむしろ嬉々としてケイの部屋に居続けている。実際、無理な情報の詰め込みから解放されたためか、アンソニーの容態は日を重ねるごとに快方へ向かっている。皿洗いやテーブル拭き、床の掃除といった雑事を自分から進んでこなすアンソニーを、ケイは微笑ましく思っていた。今朝もアンソニーは自分より早く眼を覚まし、かすみ草の花瓶の水を差し替えてくれている。

 アンソニーに笑みを浮かべた後、ケイは部屋のドアを開ける。後ろ手に閉めると、溜息を吐いた。いつの間にか癖になったその溜息に、今もはっきりとした意味はない。ただ、胸のどこかがひどく重たい。


 ──何故、商会に報告しないのか。


 幾度となく繰り返した自問に一度も満足な回答を出せぬまま、今この時にまで至っている。即座に商会に届け出ず、あげく素知らぬ顔で緊急招集に応じる己の矛盾を、他ならぬケイ自身が訝しんでいた。




【第5章 特命】



「いいか、これから俺が言うことはハーマン商会秘中の秘だ。一言でも外に漏らした奴ァ生きたまま豚の餌にする」


 赤絨毯が隅々まで敷き詰められた広い会長室、最精鋭の剣たちが音ひとつ立てず整列している。最高級の生地であつらえた濃藍こいあいのスーツに身を包むセオドア=ハーマンは、開口一番にそう告げた。分厚い体躯に禿頭、並々ならぬ圧をたたえたハーマンの頭上には、壁に掲げられた商会の紋章──鎖に絡みつく蛇の円形プレートが、鈍い輝きを放っている。


「今日ここにお前らを集めたのは他でもねえ。──ガキだ。このガキを探せ」


 ハーマンが低い声で告げる。指先でアンソニーの写真をつまみながら。


「名前はアンソニー=カーター。当然だが只のガキじゃねえ、ある能力を持ったガキだ。このガキの身柄はうちが押さえていたが、せんだって煙のように消えやがった。こいつさえ手元に置いときゃハーマン商会は安泰、そう言い切っても過言じゃねえ」


 そこまで喋ると、ハーマンはふうっと溜息を吐く。

 そして、見る間に顔を紅潮させ、全身をぶるぶると震わせた。


「──安泰だったんだよ。手元に、置いてさえ、いりゃあ!」


 怒号を放つや剣たちに背を向け、鉄板入りの靴でマホガニーの机を蹴りつける。雄叫びを上げるハーマンが滅多やたらに蹴りつけるうち、豪壮な会長机は見る間に廃材と化した。

 蹴りを浴びせ続けたハーマンが、ぜいぜいと肩で息を吐く。そうするうちに幾分落ち着いたのか、平静を取り戻した調子で剣たちに告げた。


「手元から離れりゃあお前らの首どころじゃねえ。この俺が、ハーマン商会が、丸ごと吹っ飛んじまうような代物だ。監視役の連中は全員豚の餌にした。捜索隊も組んだが使えねえ、そいつらも餌にしちまった。──てめえらも餌になりたくなけりゃあ、探せ。草の根分けてもガキを探せ!」


「その前に、ちょっとお聞きしたいんですが──報酬は?」


 声の方向に全員の視線が注がれた。

 剣の一人、ラトリーだった。奇しくも商会の紋章と同じ、"蛇"の通り名を持つ男。"ハーマンの剣"創設時から在籍する最古参であり、ハーマン自身が最も重用する一人でもある。"蛇"の異名をそのまま体現したかのような異様に長い手足、粘着質な性格、そして残虐性から、部隊内でもとりわけ忌避され、恐れられている。いかに信用が厚いとはいえ、怒り狂うハーマンを前に平然と報酬の話を切り出すあたりも含めて、やはり常軌を逸した感性と言えた。


「報酬だあ──」


「ええ、報酬です。もちろん豚の餌になるのはまっぴら御免ですが、鞭だけでなく飴もしゃぶらせてくれれば一層身が入りますので」


 怒気に満ちたハーマンの視線を真正面から受けつつも、ラトリーはそれを往なすかのようにへらへらと応じる。毒気を抜かれたのか、ハーマンの表情から怒気の色が薄れていく。代わりに、幾らかの呆れが滲んだ。


「──良いだろう、そん時ゃ昇進だ。一足飛びに幹部にしてやる。それからもう一つ、何でも欲しい物を言え。金、女、コネクション、分をわきまえる限りはくれてやる」


「おほっ! 大盤振る舞いじゃあないですか。お任せ下さい。このラトリー、最善を尽くしてボスのご厚意に報いますので」


「報いるのが当たり前だ! 他の連中も忘れるな。例えくたばってもこのハーマンに報いろ! 以上!」


 剣たちは無言のまま踵を返し、足音も揃えて会長室を後にする。ハーマンの犬の群れに混じり、ケイは凍てついた表情の下で必死に考えを巡らせていた。進退を決めねばならない。早急に。


「浮かない顔ですねえ、クワイエット──」


 絡みつくような声色に、ケイは思わず身を震わせた。歩調を合わせたラトリーが、ぴたりと側に付いている。


「心中お察しいたしますよ。首尾よく進めば幹部ですが、下手をすれば豚の餌ですからねえ。嫌ですねえ、生きたまんまで豚の餌。ああ、想像するだけで嫌だ嫌だ。もっとも、それはこのラトリーも同じなのですが──」


 ラトリーは一人でまくし立て、何が可笑しいのかふぇっふぇっと笑い声を上げている。たとえアンソニーの一件がなくとも、ケイはこの男とは一切の関わりを持ちたくなかった。


「ところで貴女、何か隠してますね」


 抜き打ちの一言にケイの心臓が跳ねた。

 心臓だけだ。歩調にも表情にも一切のブレは生じさせていない。ケイは自然に歩みを止め、鉄面皮のままラトリーの眼を見据える。

 演技は完璧なはずだ。ばくばくと跳ね回る心臓にさえ気づかれなければ。

 ラトリーも歩みを止め、ぬめるような視線をケイに這わせる。ラトリーへの嫌悪感をも忘れるほど、ケイは暴れ狂う己の鼓動を疎ましく思った。

 ケイにとって永遠と思える五秒弱が経過した時、ラトリーが溜息をついた。


「……気のせいでしたか。いや、気を悪くしないでくださいね。職業柄ですかねえ、時々何の根拠もなく人を疑ってしまうんですよ。悪いクセです、悪いクセ……」


 ラトリーの職務を脳内で反芻し、ケイは軽い吐き気を催した。

 尋問、そして拷問。正面切っての戦闘でもラトリーは図抜けているが、本人は最前線に立つことを避けこれらの職務に執心している。それは人に絡みつき、際限なくいたぶることを悦びとするこの男にとっての天職に違いなかった。


「あらぬ疑いをかけたことをお詫びしますよ、クワイエット・ケイ。この償いは、いずれ必ず」


 芝居がかった仕草でうやうやしく一礼し、ラトリーは歩み去っていった。去り際の背中越しに、一言を残して。


「願わくば、あらぬ疑いのままであってほしいと思いますよ。私もね──」


 躰にかすかな震えが走る。それが嫌悪感と怯えのどちらに因るものか、ケイには判断がつかなかった。思わず喉元の傷痕に手が伸びる。


 十年前、ラトリーに裂かれた喉。


 まだどこにも属さず裏の仕事を請け負っていた十六歳の頃、ハーマン商会に逆らった報いとして、あの男に喉を掻き切られた。

 止めを刺されないまま拾われ、”ハーマンの剣”に組み込まれたその日から、ケイは声と自由を失った。




【第6章 決断】



「──どうしたの、ケイ?」


 アンソニーの声に、ケイは我を取り戻した。手をつけることなくスープを凝視している様を見て、アンソニーが訝しがっている。


「疲れてるの? 大丈夫?」


『──ごめんなさい、考え事をしていたの。あなたの方こそ大丈夫? 体の調子は戻った?』


「うん。色々覚えさせられることもないからだいぶ楽になったよ。ケイがこの部屋に泊めてくれているからだよね、ありがとう」


 アンソニーの無邪気な感謝がケイの心に突き刺さった。突き刺さった感謝の言葉は、何もしていない自分が報われているようで、かえって苦しかった。胸の奥がざわつき、再びケイを思考の底に沈めていく。

 豚の餌にも幹部の座にも興味はない。ただただ職務をこなす事しか頭にないが、惰性と言われればその通りだと思う。

 幼くして両親を亡くし、頼る伝手つてもないまま迷い込んだのが裏の世界だった。生きるためには何でもやった。女を捨て、声を捨て、誰かを殺し、己を殺し続けるうち、この世界で生き抜いていくための最適な姿をものにした。疑問も、希望も、絶望もなく、ひたすらに人を殺め続ける。ただそれだけの存在に成り果てた。他の生き方など知らない。今更知り得るはずもない。


 ──アンソニーも、私と同じ道を辿るのかも知れない。


 ぼんやりと、しかし確信を持ってそう思った。この子の境遇は、かつての自分と似過ぎている・・・・・・


「ねえケイ? またぼーっとしてるよ、本当にだいじょう──」


『アンソニー、話があるの』


 ケイがペンを走らせるのを見て、アンソニーが言葉を呑んだ。


『お屋敷に戻りたいと思う?』


「なんだいいきなり。絶対嫌に決まってるよ、あんなところ」


『そうよね。じゃあアンソニー、帰るおうちはある?』


「え。…………わかん、ない。何でだろう、思い出せないや」


『いいの、無理に思い出そうとしなくて。──それじゃあ、私と一緒に暮らさない? あなたが帰る家を思い出すまでの間、ずっと』


「いいの!?」


『ええ、もちろん。でもね、この家はもうすぐ出ていかなくちゃならないの。引っ越すことになるけどいいかしら?』


「どこだっていいよ! ケイと一緒なら!」


 声を弾ませるアンソニーに、ケイは微笑を浮かべた。

 出ようと決めた。商会から。この街から。自分自身を囲う檻から。アンソニーを救いたいのか、在りし日の自分を救いたいのかは判らない。だが、どちらであろうと構わなかった。久しく忘れていた温もりを与えてくれたこの少年と、共に過ごせるのであれば。

 アンソニーに温かい微笑みを向けるかたわら、ケイは冷めた頭で商会の足抜けを考え始めた。最も足がつきにくく、追手を撒きやすいルートはどれか。思いつく限りの逃走経路をずらりと並べ、脳内での試行を繰り返す。かつて武器の流通ルートとして使われていた下水網。商会の粛清から逃れた元情報屋が落ち延びたスラム街区。血の匂いが残る路地が、いくつも頭に浮かんでは消えていく。

 ──不意に、電話のベルが鳴り響いた。

 柱状のマイクと分厚い受話器が別々になった旧式の電話機が、置き台の上でくぐもった金属音を鳴らしている。商会の連絡だ。ケイに友人はいない。

 ケイはアンソニーに向かい唇に人差し指を立てる。アンソニーも無言で肯いた。元よりアンソニーには小声で会話するよう言いつけているが、電話の際には物音一つ立てることも許されない。

 ケイは受話器を取った。


「"鴉"だ。クワイエットか」


 陰気な男の声だった。"ハーマンの剣"の精鋭、鴉。ケイも何度か任務を共にした事がある。

 通話口の縁に人差し指で、コツ、と一回音を立てた。口が利けないケイへの通話は、すべてイエスとノーでやり取りされる。音を一回立てればイエス。二回ならノー。


「仕事だ。例の件は関係ない。ルシアンの連中が造反を計画している事が判った」


 ハーマン商会の下部組織、ルシアン商会の造反計画。断定的な物言いからして、確かな証拠を得ているらしい。


「会長と副会長を消せ。護衛がいればそれも含む。なお現地での再調査は不要」


 ──コツ。


「良し。場所はルシアン商会本部。今の時間なら標的は本部に居る。一発撃てば街中に響く立地だ、市民への見せしめには丁度良い。お前の他には俺と"燕"が向かう。今から二十分以内に来い。できるか」


 ──コツ。


「良し。本件の連絡は以上。最後に、例の件について何か掴んだか」


 ──コツ、コツ。


「了解。こちらも特に情報はなし。本部にはそう伝える。以上」


 通話が切れたことを確認し、ケイも受話器を置く。


「おしごと?」


 アンソニーが小声で尋ねる。ケイは肯き、ペンを執った。


『このお仕事が終わったら引っ越しましょう。それまでここで待っていて』


 アンソニーは笑顔で肯いた。




【第7章 精鋭】



(おかしい──)


 人通りの失せた夜の街区、頭上ではガス灯がすすけた光を投げ、月明りが蒼白く石畳を照らしている。建物の壁面には古びた煉瓦が斑に剥がれ、ショウウィンドウのガラスには夜気が滲む。その路上を疾駆しながら、ケイは違和感を覚えていた。

 何が、という訳ではない。強いて言うならすべてがおかしい。

 商会からの脱走を企てた瞬間に掛かってきた電話。平時から冷静沈着な男とはいえ、アンソニーの件に進展がないことに全く動じていなかった鴉。ケイを詮索したあの日のラトリーではないが、訳もない胸騒ぎを感じていた。

 駆けながらかがみ込む。頭上、半秒前までケイの背中が在った場所を、三本のスローナイフが音も無く飛び去っていく。殺気を知覚する前に躰が反応していた。

 地を這う姿勢のまま片手をついて旋回し、ナイフが飛来した方角に向き直る。薄青の月明りが、石畳の先に立つ人影を浮かび上がらせていた。白手袋にストールを巻いた伊達男──スローナイフの名手"燕"の姿を。


「叫び出したい気分だろうな、クワイエット。もっとも、その叫びが『何故』なのか『やはり』なのかまでは、俺には判らんがね」


 劇場役者と見紛うほどの美丈夫が、やはり役者はだしの通る声でケイに声を投げる。そのまま踊るような仕草で投げた物は声でなく、スローナイフの雨だった。

 細身の刃が群れを成し、ケイの胸元目掛けて一直線に夜気を裂く。刃先の群れに前方を阻まれたケイに照準を合わせる余裕は無い。左右は古びた建物にぴたりと挟まれており、道幅は車一台がやっと通れる程度しかない。月明りにきらめく刃の雨が迫るなか、ケイは咄嗟に目に入った路地裏に身を躍らせた。

 そして、突き出されたナイフを銃身で受け止める。

 刃と鋼が激突した一瞬、路地裏に火花が爆ぜた。皺ひとつない黒の作業着姿、黒手袋にナイフを握った男が、ち、とかすかに舌を打つ。


「やはり手の内は読まれているか。まあ、関係ないが──」


 陰気な呟きを耳にしながら、ケイは考える間もなく突きの連弾を捌き続ける。気配遮断に長けた鴉の不意打ちは、かつて共闘して獲物を追い詰めた時に目の当たりにしていた。しかしそれを差し引いても、鴉が近接戦を得意としていることに変わりはない。

 だからこそ、一撃で決める。長引かせてはならない。

 鴉の細かい斬撃を懸命に捌くなか、不意にケイの姿勢が崩れた。それまでの半身の姿勢から一転、上半身が前方に大きく傾ぐ。鴉が爪先の仕込みナイフを展開した。ケイの腹部目掛けて蹴り込む。

 ナイフが腹部に触れる瞬間、ケイの上半身が弓なりに反り返った。腹筋、背筋、下半身のバネを瞬時に、しかも全開まで駆動させて強引に躰を捻じ曲げる。鴉のトゥーキックが虚空を蹴り上げた。捻じ曲がった体勢のまま、ケイは空いた鴉の躰に向けて引鉄を三度引く。

 喉、胸、腹に一発ずつ着弾。三つの銃声が一度にこだまするなか、鴉は血を溢れさせてどうと仰向けに倒れた。

 死体を飛び越えケイは走る。走りながら目当ての物を探し求める。銃声を聞きつけた燕がこの路地裏に来るまでに見つけねばならない。

 駆けながら、両脇の建物の側面を注視し続ける。月明りに浮かび上がる金属の筒が視野に入った。──見つかった。雨樋あまどい

 ケイはそれに掴まると、上体の筋力を駆使して恐るべき速さで登り出す。雨樋の頂点、頭上に突き出す屋根の突端に手を掛けるや一気に己の躰を引き上げた。


「鴉!」


 路地裏に燕の声が響くのと、ケイが屋根の上に転がるように辿り着いたのは同時だった。ケイはすぐさま躰を起こし、両手でグリップを把持して眼下の燕に狙いを定める。

 地べたの死体から頭上へと顔を向けた燕に向けて発砲。額に赤黒い穴を空けた燕は、天を振り仰いだまま鴉の隣に倒れた。芝居がかった男が、最期だけは台詞を持たなかった。

 屋根の上で荒く息を吐き続け、ケイは呼吸を調ととのえる。幾分落ち着いた後で二つのむくろを狙い、額に一発ずつ銃弾を追加した。

 速やかにリロードを終えると、ケイはもと来た雨樋を滑り降りた。そして駆け出す。アンソニーのもとへ。

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