第4話 決意

「ミヤビ、護衛は任せた。俺は戦車を狙い撃っていく。御剣は近接タイプの兵士を足止めしてくれ」

「分かったわ」

『頑張ろうね』


 御剣は数メートルの高さがある戦車から、軽やかに飛び降りて所々陥没したアスファルトを駆け抜けていく。

 俺の周りに、薄い炎の帳が張られる。

 酸素を燃やさないそれは、敵意によって反応して攻撃を焼き尽くす。

 ミヤビの力だ。


『私は防御に専念した方が良さそう?』

「ああ、攻撃は俺がやる」


 俺は周囲に散らばった怨念をかき集めていく。

 そして俺の貯蔵した怨念と反応させて、いくつもの鬼火を作り出す。

 ポルターガイストというモノをご存じだろうか。

 物体の移動、発光、発火、などの怪奇現象の事だ。

 それらは悪霊化した幽霊が起こしている。


 俺ならば怨念を燃料にソレを意図的に起こすことができる。

 ミヤビに色々とコツを教えてもらったからできるようになった、俺の直接攻撃手段、その一。


「『霊的発火』」


 あたかもそれは、投石のように放たれた。

 放物線を描いたそれらは地面にぶつかると、ガソリンに引火するように一瞬で燃え広がり、エイリアン共を足元から炙っていく。

 ここまで大規模にこの力を使ったのは初めてだ。

 だが問題ない。

 俺の直感が告げている。

 この百倍の規模であっても、この怨念で満ちた街でなら問題なく行使できる。

 

「焼き尽くしてやる」


 瞳に宿る憎悪の炎が、そのまま外界に出力されたかのような有様だった。

 俺の炎は俺が殺意を抱いた相手と死体を焼く。それ以外は一切熱することはない。


「……すまない」


 火葬だなんて、口が裂けても言えない。

 彼らの死体はもっと尊厳を以て丁重に葬られるべきだ。

 こんな攻撃の余波で消えて行っていいモノではない。

 これをする自分に悔しさを、そしてこれをさせる敵に怒りを覚える。


 怨念は死者の発するものばかりではない。

 生者だって、強い憎悪や絶望を抱けば放つのだ。

 俺の中からこんこんとわき上がる怨念は、肉体に纏わりつき俺に全能感とそれでも消えない憤激を与えていた。


 足元からじりじりと炙られる敵は、様々な攻撃を繰り出してくる。

 二足歩行のタレットは、弾丸や炎、雷や冷気を吐きだす。

 しかし無意味だ。

 ミヤビの炎は敵意ある全てを焼き尽くす。

 それが弾丸だろうが、レーザーだろうが炎の前では意味をなさない。

 死者になったことによって、能力は一段上に進化したようだった。


 タレットたちが、怨念の炎に包まれていく。

 それらは次第に溶け落ちていく。

 敵の第一ウェーブは撃破出来た。


 しかしすぐに次の攻撃がやってくる。

 御剣が、俺の隣にシュタッと着地した。


「来たわよ。霊埼君」

「ああ、俺も出る」


 現れたのは数十メートルの大きさで、空に浮かんでいる円盤。底部にはドーム状の光る物体が取り付けられている。

 アダムスキー型だ。こうしてみると、笑えてくるな。タコ型宇宙人にアダムスキー型円盤UFO。

 二十世紀のSF小説じゃないんだぞ。


 やってることは微塵も笑えないが。


「御剣、対空攻撃手段はあるか?」

「あるにはあるけど、かなり弱いわ」

「そうか。なら俺はUFOの動きを止めて、狙い撃つ。それまでミヤビと一緒にガードを頼む」

「分かったわ」


 UFOが光線を放ってくる。

 光速というほどではないが、かなり速い。

 目で追えないレベルだ。

 だから俺が見たのは、二つに分かたれる光線と剣を振り抜いた姿の御剣だけだった。


 ……切ったのか? レーザーを。

 ヤバすぎでしょこの子……。


「この程度の攻撃なら、いくらでも防げるわ」

「頼もしいよ。俺も動きは止められた」


 いくらでも死体が転がり、怨念をまき散らす幽霊たちがいるから。

 俺にとって戦場は弾薬庫で、兵器庫だ。

 

「『霊的魔手』」


 俺の扱えるポルタ―ガイストは発火だけではない。 

 今回はモノを動かすのではなく、UFOの動きを止めるために使った。

 そして動きを止めたのなら後は打ち落とすのみ。


「『霊的大砲』」


 怨念の塊をぶつける。

 怨念は迅速にエイリアン共の命を奪い、UFOの支配権を奪取した。

 一度墜落しそうになったUFOだが、地面に落下する寸前で、制御を取り戻し再び浮き上がる。

 そして俺たちの上空につけた。


「……凄いわね。UFOすら操れるなんて」

「貴重な航空戦力だ。大事に使おう」

「そうね。……来たわよ。団体さんのお出ましね」

「問題ない。すでに怨念は充分に貯蔵してある。防御を頼む。俺は撃ち落とす」

「了解」


 数十体のUFOが、上空を占拠し始めていた。

 UFOを落としたことで、エイリアン共は俺たちを優先攻撃対象に認定したらしい。


 それならいいだろう。

 俺ももう一段先の力を見せてやる。


「幽霊船ならぬ、幽霊タレットって奴だな」


 殺したエイリアンの霊体をぶち込んで、二足歩行の銃座を動かす。

 幽霊船と同じ要領だ。それらは独りでに動き出し、俺の殺意に従って敵を殲滅する。


「来い」


 かかってこいよ。

 倍々ゲームで、お前たちの亡骸を増やしてやる。



 □



 肩で息をする御剣。

 膝をつく俺。

 ミヤビさえも、幽霊の体で息を切らしている。

 散らばっていくUFOたち。

 戦いには勝利した。

 こちらの被害はゼロ。向こうは全滅。それどころか、全て俺の支配下に収まった。

 だが、こちらの消耗も激しい。

 なのでUFOたちには敵の足止めを命令した。

 

 これで航空戦力に関しては心配いらない。

 数機だけ俺たちの護衛に付けて、残りのUFOはこちらに向かってくるであろうUFOや地上兵器の殲滅を指示。

 俺の怨念の支配下にあるUFOたちが、殺した相手は同様に俺の配下になる。

 そうして寝返る敵の数が増えれば、この街を取り巻く戦況は少しは良くなるだろう。


 生きている人間なんて、何人いるか分かったものではないが。


「なあ、御剣。お前みたいな異能力者ってこの街に何人いるんだ?」

「分からないわ。でも百人もいないはずよ」

「少ないな。……この名古屋市で百人未満か」


 名古屋市の人口は、233万人。

 そのうち百人未満しかいないということは、二万人に一人弱ぐらいしか、異能力者がいないということだ。


「異能力者はみんな御剣みたいに強いのか?」

「自分で言うのもアレだけれど、私はかなりの上澄みよ。だから他の場所の生存人数は期待しない方がいいわね」

「そうか……」

「ちなみに言っておくけれど、アナタみたいなレベルの能力者は世界でも数人しかいないわよ?」

「数人はいるのか?」


 自分の能力はかなり反則的だと思っていた。

 何せ殺した数だけ、敵が味方になるのだ。

 戦場で能力を発揮すれば、瞬く間に軍勢を増やすことができるだろう。

 戦略という面を根本から覆せる力だ。

 加えて蘇生能力も持ってる。まあ、恐らく回数制限付きだが。

 やりようによっては世界を滅ぼせる力だろう。

 

「ええ。蝗帝、怪獣女王、黄昏の吸血鬼、神仙、完全なる人間アダム・カドモン、私が知っているのはこれぐらいね。誰もかも、世界を敵に回せる人たちよ」

「なるほど……。俺みたいに死体を操る能力者もいるのか?」

「いないはずよ。死霊術師に関しては遥か昔に一夜にして、絶滅しているの。死者を冒涜する存在として、何らかのしっぺ返しを死そのものから喰らったのでしょうね。だから多分、アナタが世界で唯一の死霊術師よ」


 少女は俺を見て、少し安堵したかのような顔でつぶやく。


「アナタが味方でほんとうによかった……」

「俺も御剣が味方で本当に良かったと思っているよ」


 そして気になることを御剣は言っていた。


「死そのものからのしっぺ返しって具体的にどんなモノなんだ?」

「分からないわ。文献では、全ての死霊術師や、それにまつわるモノは一夜にして滅んだと言われているの。その後、死霊術に関するいかなる者も、陽の光を浴びた途端に崩れ去ったと記されているわ。それなのにあなたの支配下にあるアンデッドは、陽の光を浴びても崩れていない」


 不可解ね、と少女は首をかしげる。


「一体何者なのかしら、アナタは」

「俺にもよくわからないよ。生まれつき持っている力だからな。今では死体は、手足みたいなもんさ」


 あの一件以来使ってこなかった力だ。

 それでも俺の中で確かに研ぎ澄まされていた。

 この日を待ち望んでいるかのように。

 

「俺なら、奴らを撃滅させられるかもしれない」


 エイリアン共は、物理的攻撃に対する対抗策であるフィールドを持っていた。

 それなのに、俺や御剣の超常能力への対抗手段は持ち合わせていなかった。

 恐らく奴らの情報収集不足だろう。

 ならそこを突く。


 街中を進んでいく俺たち。

 道路には無数の死体が転がっている。

 明らかに子供を庇ったのであろう母親は、引き潰されていた。

 男女の二人組が、重なるようにして崩れ落ちている。その二人には下半身がなかった。


 死が、当たり前のように転がっている。

 この国は平和だった。

 戦場なんて、遠い国の出来事だった。

 その平穏だけは、間違いなく保たれるべきだったのだ。


 ソレを、奴らは破壊した。

 まるでそれが当然かの如く。


 エイリアン共の思念を読んだ。

 そいつらは、俺たちの事をこう呼んでいる。


『下等生物』


 奴らにとって俺たちは、虫けらにも劣る存在なのだ。

 なら。その虫に貪り食われて死んでいくのはどんな気分だろうか。

 その虫に、仲間の亡骸を奪われてリサイクルされるのはどんな気分だろうか。


 多分、気分が悪いだろう。

 でもな。

 俺の方がよっぽど最悪の気分なんだよ。

 

 覚悟しろよ。

 地球に手を出したこと、心底後悔させてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る