第3話 国の長

 街はひどい有様だった。

 校門は千切り取られるように破壊されている。

 そこから出れば、広がっているのは地獄絵図だ。


 街路樹は半ばからへし折れ、道路は所々が陥没し、歩道橋は道路を塞ぐように落ちている。

 ビルは倒壊していたり、三階から上がなくなっていたり、建物として役割を放棄していた。

 道路を走っているはずの車は、大半が黒焦げになっており、あるいは横転している。

 遠景には、火の海と化した住宅街が見えた。

 

 そして立ち込めるのは、灰と血の臭い。

 この地域は元々人通りの多い場所だった。

 アスファルトを無数の血痕が染め上げ、こぼれた臓物が異常な臭気を放つ。


(くそ、怨念が濃すぎるな)


 怨念は、非業の死を遂げた人々が出す負のエネルギーだ。

 しかしそれだけではない。生者も微々たるものだが放出している。

 ここまでの怨念を取り込むのは初めてだ。

 自分の体調に何らかの悪影響を与えかねない。

 けれどそれでも俺は、怨念の収集を止めない。


『大丈夫? ヒョウヤ君』

「ああ。大丈夫だ。この程度、どうってことないよ」


 怨念は貴重な俺の直接攻撃手段だ。

 それも基本的に防御不能の攻撃の源となる。

 怨念は、放射線のようにあらゆる物質を透過して、生物のみを死に至らしめる。

 そして俺の支配下にある怨念によって殺害された者は、自動的に俺の配下になる。


 つまりこんな芸当もできるわけだ。


「乗ってくれ。足で歩くよりは速いはずだ」

「マジかよ……」


 多脚戦車を五機ほど、内部の人員のみを抹殺。

 その人員を支配することで、戦車そのものを支配下に置いていた。


「御剣、遠距離は任せてくれ。俺がどうとでもする。けれど近距離は頼む。俺は寄られたら対抗手段がない」

「分かったわ。護衛は任せてちょうだい」

『私も頑張るよ!』


 多脚戦車に乗った数十人の生徒は、内部に転がり込む。

 俺もだ。

 御剣にだけ、悪いが外で警戒してもらう。


「地球人が操る戦車とは、まるで構造が違うな」


 中にいたエイリアンの思念を大雑把に読み取って、各種機能を把握していく。

 どうやらオートパイロット機能もあるらしい。

 普段はソレに任せているそうだ。

 『普段』、つまり、こうした一方的な虐殺なんかも。


「なあ、霊崎。俺たち、どうなるんだ?」

「御剣が言ってただろう。夜島大学の秘匿シェルターに向かうって」

「そこから先だよ。俺たちの日本は、このままエイリアンに占領されちまうのか?」

「日本だけではありませんよ」

「まさか……」


 パソコンを持ち歩いている少年が言った。


「世界各地の先進国の主要都市に、ここと同様にエイリアンの大群が現れているそうです。そして何処の国も対応に苦慮している様子。やはり現代兵器はどこも通用していない模様ですね。核保有国であるのならば、核兵器の使用まで秒読みと言ったところでしょうか」


 パソコンの画面を見してくれる少年。

 そこには重々しい表情をした合衆国の大統領がいた。

 字幕にはこう書かれている。


『決断の時だ。人類の未曽有の危機に対して、我々は決断を迫られている。手をこまねくか、人類を救うかだ』


 大統領は宣言する。


『168時間以内に、エイリアンの襲撃を受けている場所にいる我が国の生存者たちは、脱出してくれ。もちろん軍も協力は惜しまない。そしてその後は、人類の叡智の炎を、侵略者に見せてやるのだ』

「やべーな」

「やばいなんてもんじゃないぜ。自国に核を降らせる決断をエイリアン襲撃から半日も経っていない時にできる大統領がこの世にいるとは思えない」

「シェルターで本人はぬくぬくと過ごしているのにな」


 その発言を読んだかのようだった。

 記者の一人が糾弾するような声音で、問うた。


『大統領! 貴方は自国民を何だと思っているんだ!』

『そうだ! 国民を核で焼き殺すつもりか!』

『自分はシェルターに逃げ込んだ――『勘違いしないでもらおう』


 大統領は確固たる表情で断言した。


『シェルターに避難させたのは副大統領だ。私に万が一のことがあった場合に、指揮を執ってもらうためにな。私はホワイトハウスに残る。そこから指示を出す。……自国民を見捨てることはあるかもしれない。だが。侵略者に背を向けるような真似を、私はしない』


 大統領の宣言に、記者たちは黙りこくる。


『立て国民よ!! 今こそ銃を手に取り、自由とは何たるかを証明するのだ!!』


 そこでスタジオが切り替わる。

 今度は日本国の首相のようだ。


『現在自衛隊と在日米軍の協力の下、防衛ラインを構築しております』

『地球外生命体の軍勢に対して、軍隊の兵器は意味をなしていないようですが!?』

『ええ。そのようですね』


 首相はいたって落ち着いて答えた。

 不祥事を一切起こさない代わりに、何ともパッとしないというのが世間一般の評価だった。


『そのようですね、じゃないでしょう! 一体どうやって国民の命を守るのですか!?』

『我が国は、災害国家です。幾つもの災害に備えてきた。そしてソレは自衛隊も同じです』

『その自衛隊が役立たずだと……『彼らは役立たずではない!!』


 首相が断言する。

 確固たる意志を以て。


『彼らはこの国の防人だ。命を懸けて自国の民を守ると誓った人々だ。彼らは逃げない! 立ち向かうだろう! 己の手にしている武器が役立たずだと分かっていても!  自らの鍛え上げた肉体と頭脳と、仲間たちの力で国民の避難を支援する』


 熱の入った首相もまた、一国を背負うに足る器だった。


『私も逃げるような真似はしない! 東京、名古屋、札幌、大阪、福岡、五都市を襲う地球外生命体を撃滅するまで、一蓮托生だ!』


 首相は頭を下げる。


『どうか国民の皆様にもご理解とご協力をして頂きたい。デマを鵜呑みにせず、恐怖を煽らず、冷静に行動していただきたい。今この時が、我が国の、人類の分水嶺なのだから』


 記者たちは押し黙り、フラッシュだけが焚かれる。

 スタジオに移り、無責任なコメンテーターの戯言は、ひどく空虚なモノに思えた。

 俺たちの心には、確かな熱が宿っていた。


「俺たちにも、何かできることあるかな」

「おう。エイリアンの糞野郎どもに一発かましてやらねえと気が済まねえぜ」

「まずは避難だ。そこから先にはいくらでも人手が必要となる」


 俺の熱に従い、国の長たちのように断言する。


「お前たちを必ずシェルターにまで送り届ける」


 パソコンを持った少年が、問うた。


「霊埼君はともかく、御剣さんの言う、『隔離機関』というモノはこの会見で出て来ませんでしたね。何らかの理由があるのでしょうか」

「俺も御剣のような組織的にオカルトに関わっている人間とは初めて出会ったからな。そいつらも対応に苦慮しているのかもしれない」

「米国と我が国の長が、即決即断過ぎるだけですかね」


 御剣が俺たちを騙している可能性について考える。

 一つ目、だましている場合。

 その場合は彼女はエイリアン側の人間ということとなる。

 ここまで大規模な侵略だ。入念な情報収集の上に行われていることだろう。

 その一環として、地球人類を洗脳、あるいは脅迫して、スパイのように扱っている可能性もないとは言えない。


 しかしそれなら、もっと良い人選がいるはずだ。

 生徒が木刀振り回して、貴方たちを助けますというよりも、教師が動いた方が信頼度は増すだろう。何らかのスーパーパワーを発揮するにしても、だ。

 

 ソレに祓魔師という設定もわざわざ出す必要がない。

 こうした地球外生命体に備えるためのエージェントなんですよ、と言った方が現実味がある。

 

 だから俺は騙している可能性は低いと考えている。

 仮に騙していたとしたら、俺の下僕が一人増えるだけだ。

 

(もちろん、何事もなく彼女が味方であるというのが最良だが)


 俺はありとあらゆる可能性に思考を巡らす。

 その最中だった。


『霊崎君、来たわよ』

「みたいだな」


 戦車の索敵システムにも、俺の怨念感知にも、彼女の魔力近くにも引っかかったらしい。

 現れたのは、道路を埋め尽くすような二足歩行の銃座だった。

 なるほど。

 多脚戦車みたいに操縦者が居るタイプじゃなくて、無人兵器で攻めてきたか。


「マズいわね」

『ヒョウヤ、大丈夫? いける?』

「問題ない」


 俺ははっきりと断言する。

 考えが甘いんだよ、くそエイリアン共。

 そうして俺もまた、戦車の外に出て、臨戦態勢をとるのであった。

 

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