第2話 テレビ中継

 生き残っている生徒の数は、数十人だった。

 それ以外はあのレーザーブレードを振るうエイリアンや、狼型のクリーチャーに殺されている。

 ユウナは、校舎内に侵入したエイリアンを片っ端から斬っていたようだ。

 それでも助けられなかった命があると悔やんでいたが、十分すぎる働きだろう。

 

 俺なんか親友に庇われて、呑気に死んでいたのだ。


「この子たちは何て言っているの?」


 死者たちを弔うこともできない。

 そんな余裕はない。

 けれども声を届けることはできる。


「仇を取ってくれたありがとうって言ってるよ。皆」

『ありがとう。霊埼君、御剣さん』

『他の連中は頼んだぞ』

『君ら二人だけが頼りだ。ふがいない大人を許してくれ』


 ああ、いい人たちばかりだ。

 うちの校風は自由と思いやりが重視されていた。

 ソレは死んでからも変わらないらしい。


「そして生きている人たちを頼むとも言っている」

「……ええ。わかったわ。この命に代えても」


 そう御剣は断言した。

 さて、俺たちは一か所に集めた生徒に近づく。


「お、お前たちもエイリアンの仲間なのか……!?」

「落ち着け。仲間だったら、エイリアンを殺すはずないだろ」

「そうよ。この二人は助けてくれたのよ」

「で、でも……」


 こちらへの疑心を隠そうともしない生徒。

 無理もない。異常事態過ぎるのだ。エイリアンが攻めてくるなんて。


「厳しいことを言うようだが、俺がエイリアンだったらこんなまどろっこしいことはしない。もっとシンプルに殺すか、攫うにしてもいくらでも他の仲間の力を借りるはずだ」

 

 さすがにUFOの大軍は既に俺たちの上空を去っている。

 あれが一機あるだけでもかなり威圧感があるからな。

 欲を言えば、アレを落として、航空戦力として扱いたいが、そのためには怨念をもっとかき集めなくてはいけないだろう。

 

「私たちはアナタたちと同じ地球人類。少し不思議な力が使えるだけ。信じられないのも仕方ないわ。それでもついてきてほしいの。あなた達の命を守るために。何より人々を守るという祓魔師の責務を果たすために」


 そう言って直角に頭を下げる御剣。

 俺は頭を下げなかった。

 別にムカついているからではなく、御剣と事前に会話しておいたのだ。

 俺が厳しいことを言って反感を買いつつ、御剣が優しい言葉をかけて彼らの心に寄り添っていく。

 そうすることで、なるべく早く彼らの信頼を獲得することができるだろうという寸法だ。


 よくある良い警官、悪い警官である。

 

「わ、分かったよ」

「それでどうするんだ? ここの高校は一応、地震時の避難先だけど、こんな場所じゃエイリアンに好きなだけ攻められちまうぜ」


 身長が190超えのバスケ部のエースが、そう問いかけてくる。

 

「私たち祓魔師と協力関係にある『隔離機構』という対異常存在対応組織の秘匿シェルターがこの街にはあるわ。そこなら私たちのような人間がもっといるから、そこで匿ってもらうつもり」

「それ、何処にあるんですか? 近くの自衛隊の基地の方がよくないですか?」

「それも候補の一つね」

「というかそこしかなくない? 得体のしれないシェルターとかに連れ込まれるの勘弁なんだけど」


 ギャルがそう髪の毛をいじりながら言ってくる。

 俺は客観的な事実を述べた。


「多分軍隊じゃ対応できないよ。あのエイリアン共、物理攻撃に対してフィールドを張ってやがるからな」

「あ、ソレ僕も見ました。殴り掛かった奴が弾かれてましたね」


 パソコンを持ち歩いている少年がそう呟く。

 

「えー、オタク君、それマジ?」

「マジです」

「じゃあ、信じるしかないか」


 信じるのか。友達なのかな?


「お、おい! ちょっと見てくれ!」


 登録者数5000人の現役高校生ユーチューバーが、スマホを見て騒ぐ。

 

「どうした?」

「爆速で自衛隊と米軍が動き出したんだ! 今その戦闘をリアルタイムで中継されてる!!」


 俺たちは各々のスマホを取り出し、それを視聴する。


 スマホの画面に映ったのは、戦火だった。

 街の至る所から黒煙が上がり、いくつも家屋が倒壊している。

 そしてその戦火にふさわしい鋼鉄の群れが街中を進軍する。


 自衛隊の兵器たちだ。

 戦車に装甲車両。河川敷には高射砲も並べられている。

 空には戦闘機が飛んでいた。

  

 そしてそのことごとくが。

 UFOに、多脚戦車に、二足歩行の銃座に、奇怪なクリーチャーに。

 撃破されていった。


「ウソだろ……」


 戦車が多脚戦車の装甲に傷一つ付けられず、レーザーを喰らって溶け落ちる。

 戦闘機がUFOの放った緑色の怪電波で、撃墜される。

 兵士たちが二足歩行の銃座に爆裂四散させられる。

 あるいは、クリーチャーに貪り食われる。

 

 決定的な敗北を、画面の向こうでは喫していた。

 

『な、なんということでしょう! これは映画の光景ではありません! 現実です! 現実でエイリアンが攻めてきているのです! そして軍隊が敗北しているのです!』


 ヘリから中継をするリポーター。

 その顔は顔面蒼白だった。


『あ、UFOが――』


 高速で近づいてきたUFOが、ヘリのフロントガラス一面に迫って、映像が暗転。

 それが最後の映像になった。

 画面の向こうのスタジオが沈痛な雰囲気に包まれる。

 俺たちにまでその沈黙が伝播していた。


 ヤバいな。

 本格的にどうしようもないぞ。

 元より地球外知的生命体に人類が勝てる可能性はかなり低い。


 なぜなら地球人類の宇宙進出度は、かなり低い。

 軌道エレベーターすら出来上がっていないのだ。

 対して向こうは恒星間宇宙航行すら成し遂げているのだ。

 この時点で文明レベルに圧倒的な差が存在している。

 やろうと思えば、反物質爆弾か何かで、星を消し飛ばすこともできるんじゃないのか?

 

 もし仮にそれができると仮定して、それでもこうしてちまちまと人類を攻撃する理由は何だろうか。

 水? エウロパなどの例があるように、地球外の惑星にも存在しているはず。

 大気? それもあれだけの科学力のある存在ならいくらでも作れるはず。

 レアメタル? 可能性はないとは言えない。


 けれど一番大きな可能性は一つ。

 やはり生物だろう。

 校舎の死体の数を数えてみると、明らかに全校生徒の数よりも少なかった。

 きっと御剣が戦っている間に何人かは、攫われてしまったのだろう。

 人間の奴隷化か、家畜化か。

 どちらにしても友好的ではない。


「落とし前はつけさせないとな」


 俺は呟く。

 その言葉にその場にいた全員がぎょっとした。

 そして反発する。


「な、何言ってんだよ! 俺たちがそもそも生き残れるのかもわからないじゃないか!!」

「そうだよ! ていうかお前どうやって、エイリアンを従えてんだよ!」


 なるべくクラスメイト達からはエイリアンを遠ざけておいたのだが、それでも俺が使役していることは知っているようだ。


「俺は幽霊を見れるし、死体を操れるんだ。生まれつきそんな感じだ。なんでそんなことができるかは、知らん」


 知らないのだ。

 どうして俺がこんな生死の境を飛び越えるような力を持っているのか。

 そしてどうして俺はついさっき蘇ることができたのか。

 俺は俺の両親の顔すら知らない。


「でもエイリアンに対抗できるのは、エイリアンだろう。御剣は一人だけ。対して俺の能力は、エイリアンを殺すほど、下僕が増えていく。信じられないというのなら、信じなくても構わない。だが理解してくれ。お前たちが助かるには、俺みたいな得体のしれない奴の力を借りるしかないってことを」


 生徒たちは、俺を恐れている。

 死体を操るのだ。

 そんなことができるのは、物語でも大抵悪役だろう。


「そろそろ行こう。ここに居ては、いつ次のエイリアンが襲ってくるか分からない。もっとも――」


 ――何体来ようが、俺は返り討ちにできるけどな。

 俺はそうやって不敵に笑った。

 きっとその笑顔は、憎悪で醜く歪んでいただろう。

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