「愛している」って言ってみぃ
嶋田覚蔵
第1話 最悪だけど幸せ
二郎ちゃん。最近、ゴメンネとか悪いねとかスミマセンとか謝ってばかりだね。どーしちゃったの。そんなのおかしいよ。私はあなたの人生のパートナーだと思っている。だからト―ゼンのことをしているだけだよ。気にしなくていいのにさ。命があっただけ、儲けものだと思わなくちゃ。そりゃ、あなたの一週間の洗濯ものは大変な量だし、病院から持って帰るのも、洗濯するのも、病院に持っていくのも大変だけど、仕方ないよ。やらなきゃいけないこと何たから。
この間、血が止まんなくてさ、パジャマとタオルが血だらけになったことがあったじゃない。私、怖いのと辛いので泣いちゃったんだ。だって凄い真っ赤だったんだよ。それは怖いよ。
運がなかったよね。二郎ちゃんがゴミ収集の仕事をしている時、収集車の粉砕機にゴミを放り込んでいたら、なぜかゴミ袋からはみ出していたビニール紐が右手に絡みついて、ゴミと一緒に二郎ちゃんの右腕も潰されちゃったんだよね。たまに起こる事故なんだってね。ホント運が悪かったよね。
二郎ちゃんはお笑い芸人になりたかったんだ。それでライブは夜に開かれることが多いから、朝早い仕事を頑張っていたんだよね。それが、こんなことになっちゃって。
私、二郎ちゃんのコント好きだったな。ほら、「激怒系ラーメン屋のおやじ暴走シリーズ」。
あれ最高だったね。劇場でもウケてたし、すぐにテレビとか出られなくても、地道に続けていけば、きっと目が出たんじゃないかと思う。
そういう意味では、コンビ組んでたサブロウ君にはがっかりだよ。二郎ちゃんが右腕を失った途端、「そんな身体では笑いはとれないよ」ってすぐに二郎ちゃんを見限っちゃってさ。二郎ちゃんちょっと泣いていたよね。そりゃね、私だって分かるんだ。サブロウ君がいうことが正しいって。でもさ、言うタイミングってあるじゃない。何も二郎ちゃんがどん底の時に言わなくてもいいのにさ。それに比べて、二郎ちゃんをよくいじめていた。プロデューサーさんはいい人だったね。
「二郎は才能があるから、放送作家とか、裏方に回るといい。それなら片腕とかあんまり関係ないし」ってアドバイスくれた。私はホント、その言葉が涙が出るほど嬉しかった。
ねえ、二郎ちゃん。早く傷を治してリハビリ頑張ろう。片手は何かと不便だろうけど、パソコンのキーボードだって叩けるようになるよ。なんだったら私が叩いてもいいんだしさ。
とにかく、ふたりで頑張ればなんとか生きていけるよ。今までだって裕福だったわけじゃない。これから死ぬまで貧乏だっていいじゃない。私、お金持っていても使い方よく分からない。贅沢しようと思っても、せいぜい回転すしを食べに行くくらいだし。
私にとっては、二郎ちゃんが隣にいてくれることが大事。今までひとりぼつちで生きてきた私にとって、それが何より。初めてあなたの舞台を見た時、私は「ビビビッ」と衝撃を感じた。
「この人だ。この人は私の運命の人だ」って。
何のとりえもない、普通の会社員だった私。このまま、幸福にもならず不幸にもならず、ただ淡々と生きていくだけだと思っていた私にとって、二郎ちゃんは「光」だった。
だから、腕を失くしたことを凄く気にしているみたいだけど、それはそんなに気にしなくてもいいんだよ。わたしにとってはあなたが隣にいてくれたら充分なんだから。
こんなことを言ったら変だと思うかもしれないけど、私、二郎ちゃんの近くにいると、二郎ちゃんの脳波を感じるんだ。その脳波は私の脳を刺激して、脳内物質、なんだっけアドレナリンとかそういうのを分泌して、凄く幸せを感じるんだ。
だから、ゴメンネとか悪いねとかスミマセンとか謝らなくてもいいんだよ。そんなこと言われると、かえってふたりの距離を感じてしまって悲しくなる。
私がホントに聞きたいのは、二郎ちゃんが
「愛している」って言ってくれること。
その言葉を耳もとでささやかれたら、今までの苦労なんて吹き飛んで、私の心は私の身体を抜け出して、空中を飛び回っちゃうくらい喜んじゃうと思う。
ねぇ、だからそんな暗い顔するのはもう止めて。
「俺はポンコツだ」なんて自分を貶さないで。笑顔になって、ふたりの将来の話をしよう。そして、
「愛している」って言ってみ。それだけで私の人生は幸せに包まれるのだから。
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