第2話 変化
あの生意気な女と出会ってから、俺のコンビニ通いが少し変わった。
立ち読みに行くのは変わらないけど、彼女が現れるかどうかを意識するようになった。
あの鋭い目つきと皮肉な笑みが頭にこびりついて、苛立つんだか気になってるんだか、自分でもよく分からない。
毎晩、立ち読みの後にケーキを買うのはやめられなかった。
そして量が増えた。ホールケーキ1つだったのが、2つでないと満足できなくなった。
イライラしたせいだ。
医者の警告がチラつくし、彼女の「クズなんじゃないの?」って言葉が耳に残ってる。
あんな小娘に笑われたくないって気持ちが、どこかで俺を動かした。
動かして、俺の食欲を増進させる。
全部医者とあの女が悪い。
数日後の夜、コンビニの立ち読みコーナーで漫画を手に持ってると、またあの女が現れた。
ガラスドアが開く音で分かった。
振り返ると、黒いパーカーとエナジードリンク。
あの日のままの姿だ。
俺は漫画に目を戻して気づかないふりをしたけど、心臓が少し速くなった。
「おじさん、また立ち読み?」
そう彼女が言う。
レジに近づきながら、俺の方をチラッと見てニヤリとする。
俺はムッとして「悪いかよ」と返す。
彼女はタバコとドリンクを棚から取ると
「別に。ただ、毎日同じ場所にいるのって、ちょっと哀愁漂うよね」
そう畳み掛けてきた。
「哀愁って何だよ」
その言葉に俺は言い返したけど、彼女は笑うだけで答えなかった。
レジ袋を受け取ると、俺の横を通り過ぎる。
その瞬間、彼女のバッグからタバコの箱が落ちた。
俺は反射的に拾って「おい、落としたぞ」と渡した。
彼女は「へえ、親切じゃん」と言いながら受け取る。
少し驚いたような目だった。
それから、彼女がコンビニに来る回数が増えた。
毎回、タバコかエナジードリンクを買って、俺に何か一言絡んでくる。
「おじさん、今日も太ってるね」
「その漫画、子供向けじゃない?」
そんなことを言ってくる。
俺は最初、苛立って言い返してたけど、そのうち慣れてきた。
慣れはしたが、憎悪はずっと募らせていた。
だけどある日、俺は風邪を引いていたんだが。
他人に
そこで立ち読みしてると、彼女が現れて
「おじさん、顔色悪いね。死ぬの?」
そう言って笑う。
俺は「うるさいお前が死ね」と返した。
そしてくしゃみを連発していると、彼女がバッグからマスクを出してきた。
「はい、これ」
そう言って渡してくる。
俺は驚いて「何だよ、いらねえよ」と突っぱねたけど、彼女は「使ってよ、迷惑だから」と押し付けてきた。
仕方なく受け取って顔に付けた。マスク越しに「……礼は言わんぞ」と呟くと、彼女は「別にいいよ」と軽く返す。
その気遣いに、俺は胸がキュンとした。
生意気だけど、本当は俺が好きなのかも――そんな気がした。
その夜、ケーキの棚の前で立ち止まった。
クズなんじゃないの?
あれは彼女のケーキを食べるのはやめろという愛の言葉だったのかもしれない。
俺はそのとき、ホールケーキを買うのを躊躇した。
躊躇し、結局。
シュークリームを大量に買い物かごに投入した。
そこを彼女に見られた。
「おじさん、今日はホールケーキ買わないんだ?」
そうニヤニヤしながら言う。
俺はぶっきらぼうに「実はケーキは嫌いだ」と言い切った。
彼女はそんな俺に
「嘘つきおじさん」
と笑顔を向ける。
だけどその笑顔には、どこか寂しげな影が浮かんでいた。
そしてポツリと
「私もさ、昔、やめられないものあったよ」
そう呟く。
俺は「何だよ、それ」と聞き返す。
だけど彼女は目を逸らし「別に。昔の話」とだけ答えた。
立ち読みコーナーに戻る俺の背中に「おじさんってさ、自分に正直だよね」と呟く声が聞こえた。
振り返ると、彼女はもう店を出てた。
俺が自分に正直……?
それは俺に、愛の告白をして欲しいという意思表示だったり……?
それから、俺の中で何か変わった。
彼女に会うのが、苛立つより楽しみになってきたんだ。
でも
「結婚して欲しい」
その言葉を彼女に言えない自分が情けなくて、とても辛かった。
一方で、彼女も何か隠してる気がした。
あのコンビニ裏での怪しい行動が頭を離れない。
彼女の皮肉な笑みの裏に、何か重いものがある。
そんな予感がするたび、俺は彼女に近づきたいのに、躊躇が強くなった。
彼女の危うい雰囲気が、俺を巻き込むような気がしてならなかった。
ある夜、コンビニで立ち読みしてると、彼女がまた現れた。
「おじさん、今日もシュークリーム買うの?」
とからかう。
俺は「ああ」と返すけど、彼女は笑うだけで何も言わない。
その笑顔に、俺は彼女の愛を感じた。
生意気な小娘が、俺の心をガッチリ掴んで離さない……!
アパートに戻って、別の店で買ったホールケーキを冷蔵庫から出した。
これからは、お祝いのときだけにしよう。
彼女との出会いが、俺を変え始めた……!
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