クスリと嗤う、甘々でハピエンな恋愛小説
XX
第1話 出会い
俺の名前は
職業は自宅警備員。45才の男だ。
俺は自宅警備員を誇りをもって務めている。
毎日昼からパソコン立ち上げてネットを巡回し、その平和を確認している。
汗っかきで少し太っている俺には、外に出なくていいのが何よりありがたい。
夜までネットを巡回警備して過ごして、夜になると近所のコンビニに行く。
これも仕事だ。
……立ち読みを通して情報収集。
将来は起業して、経営者になってタワマンに住みたいからな。
勉強は大事だ。
蛍光灯の下で愛読している雑誌をパラパラめくってると、時間がゆっくり流れる。
……でも、本当の楽しみは立ち読みの後。
このコンビニの棚に並ぶホールケーキを手に取る瞬間、心が跳ねる。
チョコレートケーキ、チーズケーキ、フルーツタルト――どれにしようか迷うのがまた楽しい。
今夜はチョコレートケーキにした。
袋に入れるとき、頭に医者の声がチラつく。
「安田さん、このままじゃ糖尿病になりますよ。甘いものは控えてくださいね」
あの真剣な顔が浮かぶたび、ムカムカする。
俺の身体は俺が一番知っている。ほっといてくれ。
そんな怒りを抑えて、アパートへ急ぐ。
部屋に戻れば、プラスチックのフォークで黙々と食べる。
テレビの音が虚しく響く中、甘さが口に広がる瞬間だけは、何も考えなくていい。
その夜、いつもより遅くコンビニに寄った。
時計は夜10時を回っていた。
イートインで漫画を読んでると、ガラスドアが勢いよく開く音がした。
振り返ると、若い女が入ってきた。
25歳くらいか。黒いパーカーとスキニージーンズ、肩に小さなバッグ。
目が鋭くて、疲れたような顔だ。
彼女はドリンクコーナーにまっすぐ向かい、エナジードリンクを取ると、タバコの棚を指差した。
「マルボロのメンソール」
そう、低いハスキーな声で言う。
俺は漫画から目を離し、つい彼女を見てしまう。
彼女がレジに商品を置いた瞬間、目が合った。
「何ジロジロ見てんの、おじさん」
そう彼女が口を開く。
皮肉っぽい笑みが浮かんでる。
俺は慌てて目を逸らし「いや、別に」と呟いた。
でも、彼女の視線はしつこかった。
俺が持ってるケーキの包みに気づくと、眉がピクリと動いた。
「それ、ホールケーキじゃん。太りすぎでしょ、その体型」
そう彼女が言う。
俺はムッとして「ポッチャリなだけだ」と返す。
すると彼女はニヤリと笑い
「まあね。でもさ、甘いもの控えてるって顔じゃないよね」
そう、畳み掛けてきた。
それに対して俺は反射的に
「控えてるよ」
言い返す。
嘘だ。毎晩ケーキ食べてるなんて、知らない女に言えないよ。
彼女は目を細め「へえ、意志強いんだ」と言うけど、その口調は明らかにバカにしてる。
「クズなんじゃないの?」
そう付け加えられた瞬間、俺の顔が熱くなった。
ムカつく。
生意気なガキだ、と心の中で毒づく。
でも、何故か言い返せなかった。
彼女の鋭い目つきと冷めた雰囲気に気圧されたんだ。
彼女はエナジードリンクのプルタブを開け、一口飲む。
その後
「じゃあね、おじさん」
そう言って軽く手を振って店を出ていった。
俺は立ち尽くしたまま、彼女の背中を見送った。
苛立ちが胸を締め付けるのに、なぜか目が離せない。
彼女の若さと、どこか危うい影に妙な魅力を感じた。
ケーキを握る手が汗ばんでるのに気づき、慌ててレジ袋に押し込んだ。
店を出た後、コンビニの裏手に回る癖がある。
ちょっと歩くだけで疲れるから、ゴミ捨て場の横で一息つくのが好きだ。
そこで彼女を見つけた。
彼女は若い男と立ってて、小声で何か話してる。
男はフードを深く被り、紙袋を渡すとそそくさと消えた。
彼女はそれをバッグにしまい、振り返る。
俺と目が合った瞬間、彼女の顔に驚きが走ったが、すぐにあの皮肉な笑みに戻った。
「立ち聞き趣味なの?」
そう彼女が言う。
俺は「違う」と否定し、逃げるようにその場を離れた。
心臓が妙に速く鳴ってる。彼女の裏に何かある――そんな予感が頭から離れない。
アパートに戻って、ケーキをテーブルに置いた。
いつもならすぐ食べ始めるのに、今夜は手が伸びない。
彼女の言葉が耳に残ってる。
――クズなんじゃないの?
生意気な小娘に何が分かるんだ、と憤る。
怒りに任せ、ケーキを完食する。
だが何故か医者の警告と彼女の嘲笑が頭の中で交錯して、眠れない夜になった。
あの女がまた現れたら、今度こそ言い返してやる。そう決意しながら、俺は目を閉じた。
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