第64話 どこかで見覚えのある美少女メイド
あぁ、時間が惜しい……。
土曜早朝の午前四時。
ガリ勉の俺は外に走りに行くわけでもなく、机に張り付く。
広げているのは歴史のノートで、試験範囲を完全に抑えるための俺用最強ノートを作成しているところだ。
歴史は基本的には知識の詰め込み――いわゆる暗記。
だがしかしそれは前提であり、入試問題レベルの難易度では暗記を基盤にした先の思考を問われる。
というわけで、物事の流れ自体を図解や絵でまとめておく必要があるわけだ。
特にうちの先生は、教科書や参考書に書いているような定型文っぽい理解を嫌う。
自分の頭で考えて成型した文章でないと、応用が利かないから無意味だという教育方針だ。
まぁこれは俺も同意見であるが、そのせいで先生が授業中に喋った内容の方を意識しなければならない。
これがなかなか難しいのである。
そんなわけでうちの歴史のテスト問題はほぼ記述で、暗記の単語埋めなんかほとんどない。
あってマーク式のような高度な選択問題や正誤問題。
正直、これではもはや国語だ。
記述なんて、如何に作問者が欲しい言葉を正確に察せるかという、新手の読解問題なのである。
「……ヤバい。やればやるほど知識の穴が発覚する。キリがない」
今日は朝の十時からレイサの屋敷で勉強会の予定がある。
恐らくその場では英語や数学、国語がメインとなるため、一人で対策できるような教科は今のうちにやっておこうと思ったのだ。
そのため、早朝に起きてから歴史をやっていたのだが。
ここ最近英語に力を入れ過ぎていたがために、なかなか他教科まで手が回らなかった。
総合一位を達成するためには主要三教科以外が鍵になるのに、このままではマズい。
特に社会科系は自分が理系という事もあって、若干疎かにしてしまっていたきらいがある。
高得点を取らねばというプレッシャーが薄いのだ。
「とは言え、それでも国語と英語で満点取るよりはどう考えても解きやすいからな」
ため息を吐きつつ、俺はスマホを見る。
そう言えばレイサ、あれからどうしているだろうか。
昨日の勉強会ではかなり自責の念に駆られていたように見えた。
俺が英語を教えてくれと頼んだが故に、いらぬ負荷をかけてしまっているようだ。
俺としても、申し訳なさがある。
そもそも、レイサの成績がまだ人にモノを教えるようなレベルに達していないことは事実だし、実際英語だって俺達の方がはるかに点も良い。
ただ、教えるという行為はかなり自分の理解力を上げる機会にもなるのだ。
レイサ自身のためにもなると、そういう意図もあってお願いした。
そして、アイツが俺達の苦手な部分を補える特性を持っていたのも事実だし、無理に囃し立てて乗せたわけではない。
それに、アイツ自身も俺に勉強を教えてくれると、以前メッセージで言っていたからな。
約二ヶ月一緒にいて、常に教えられる側だというのもどうなのかと思っていたところだ。
だからこそそういうのもひっくるめて、こうして上手くハマらなかった事に俺としても責任を感じているわけで。
……いやでも、どうなんだろうな。
こういう考え方も失礼か。
俺はアイツを信じて勉強を聞いたし、レイサはそれに応えようとしている。
ならば、俺が申し訳なく思うこと自体、レイサに対して不誠実な気がする。
もっとレイサを信じよう。
「なんにせよ、テストまで一週間を切ってるのにまだ問題は山済みだな」
高木はどうしているだろうか。
かなり余裕そうだったのと、この前の小テストを考えるに、それなりに万全な対策をしていると考えられる。
俺も、あまり余計なことに心配のリソースを割く余裕はなさそうだ。
◇
ひと月以上空いてやって来たお屋敷は、やはり慣れない。
道中でばったり会った凪咲と共に屋敷まで来たが、庭の広さも外観も玄関も、何度来ても慣れることはなさそうだ。
そんなこんなで部屋に通されると、そこには私服姿のレイサともう一人、見慣れない姿のメイドさんがいた。
明るい茶髪に翡翠色の瞳から、一瞬で外国にルーツのある方だとわかる。
しかし柔らかさも感じる顔のパーツを見るに、レイサと同じ日本人とのハーフの子だろうか。
凛とした佇まいが可憐な、美少女だ。
歳も同じくらいに見えた。
と、そこでレイサが紹介する。
「この子は今日のセンセーです! 英語の勉強の手伝いをオネガイしました」
「せ、先生?」
「ホラ……前に言ったコトあるでしょ? アタシに英語を教えてくれた身内の姉的な人がいるって。それがソノ……この子なノ」
「あぁ、パリにいる時に習ったって言ってたっけ」
確かに以前聞いたことがあるような気がする。
向こうにいる時に通訳をしてもらったり、軽く英語やフランス語などを習っていたと。
その相手がメイドとは思わなかったが、風貌を見るにしごデキ感はひしひしと伝わってくる。
しかし、俺はそんな事より、その美少女メイドの顔が気になって仕方がなかった。
……なんだろう。どこかで見覚えがあるような。
不躾だからあまり見るのも失礼だが、どうも顔を見ていると何かを思い出させるような気がする。
俺の知り合いの中に、似た顔の人物でもいたのだろうか。
「……れ、レイサさん? ……え、あの人、ミカさんですよね? いいんですか?」
「……まァアタシじゃ力不足だったし、教えるならこの子の方が適任だカラ。ってワケで、ツクシには言わないで」
「……それは勿論、いいですけど」
何やら部屋の隅の方で凪咲とレイサがコソコソ話しているが、何の話だろうか。
暇なので俺も目の前のメイドさんに話しかけてみる。
「あの、何と呼べば?」
「メイド、で結構です」
「いやそれじゃ……」
「でしたらマルタンと」
「? フランスの方なんですね」
「よくご存じで」
同じような名前でも英語読みやドイツ語読み、フランス語読みで音が変わるのはそれこそ歴史の授業なんかでも知ることだ。
このマルタンもフランス語の音だったから、すぐわかった。
世間話はそこまでに、俺はやはりメイドさんの顔を凝視してしまう。
「あの……顔に何かついていますか?」
「いえその、どこかでお会いした事があるかと思って」
「ッ! ……随分ストレートなナンパですね」
「そ、そういう意味じゃなくて。ただ本当に、見覚えがあるような気がしたんです。気に障ったならすみません」
「いえ、嬉しいですよ? 何分同年代の男性は少ない職場なので」
「だからナンパは誤解で!」
否定すると薄く笑われた。
ダメだ。
揶揄われている。
にしても、この揶揄いのテンション感すらどこかで味わった気がするのだが、気のせいだろうか。
このメイドさんと話していると、どこか不思議な気分になる。
学校でも、こんな事があったような……。
しかし、そんな俺の考えは彼女の言葉で崩壊した。
「会った事、ないですよ」
「で、ですよね」
「えぇ。それにこの日本で会っていたなら、私の顔を忘れる事はないかと思います」
「確かに」
言われて納得した。
こんな綺麗な瞳、そういないもんな。
それこそレイサくらいだろう。
きっぱりと否定までされて、人違いをした申し訳なさに恥ずかしくなってくる。
よくないな、こういうの。
俺の様子に首を傾げながらメイドさんの手を引っ張るレイサ。
それを横目に見つつ、俺は一人で羞恥心に悶えた。
「……ミカ、アンタナニ話してたの?」
「……いえその、少し嬉しい事があって」
「……ハァ? っていうか、バレてないよネ?」
「……それは勿論」
考え込むあまり、レイサとメイドが二人でコソコソ話している事にも気が付かなかった。
さて、そんなおしゃべりも早々に終え、早速勉強に取り掛かる。
前回同様の勉強部屋にて、俺は長机に教材を並べた。
ホワイトボードを用意するメイドさんに、なんだか胸がワクワクする。
前に凪咲に誘われて行った塾の特別講義を思い出す新鮮な感覚だ。
ネイティブっぽい上に博識そうなメイドさんの授業とやらに、期待が高まった。
「では、始めましょうか」
メイドさんの落ち着いた声で、中間考査前最後の詰め込み授業が始まる。
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