第49話 帰国子女はガリ勉に接近したい

 凪咲のシフトが終わるまで待った後、そのまま三人で外に出る。

 十月も中旬に入ったことで、若干涼しくなってきたこの頃。

 衣替えもあって、ニットベストや半袖シャツなど、多様な着こなしが見られた。

 あと、普通に劇の衣装やクラスTシャツを着用している生徒も多い。

 俺達のクラスは予算の都合でなかったが、こういう思い出も悪くなさそうだ。


「凄い人の量ですね」

「平日だケド意外に外部の人も来るもんだワ」

「二人の保護者は来るのか?」


 聞くと、レイサと凪咲は顔を見合わせる。


「私のところは……まぁいつも通り来ないと思います」

「うちも無理だろうネ~。ママは来たがってたケド、人込み苦手な人だから止めておいた」

「筑紫君のところは?」

「普通に三日とも仕事だし、そうじゃなかったとしても寝かせてやりたいから来ないよ」


 うちはシングルの貧困家庭だ。

 俺がバイトもしていないため、母親の収入に完全に頼りきりの生活をしているし、仮に休みが取れていたとしても、俺の文化祭如きで大切な休養を潰させたくない。

 そもそも俺、裏方だから見せるようなものはないし。

 

 それぞれ家庭にも色々と事情があることを再確認して笑い合ったところで、パンフレットのマップを手に人通りの少ない場所に向かう。

 ベンチ広場に座ると、そのまま作戦会議を開いた。


「さて、ナニを食べよっか」

「ポテトに唐揚げ、フランクフルト……焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、イカ焼きもある……」

「全部食う気か?」

「ちっ、違います! ただ美味しそうなものが多くて……」

 

 ぐうとお腹を鳴らし、さらに顔を真っ赤にする凪咲が微笑ましい。

 さっきまで教室でオムライスやパスタなどを提供していたわけで、そんなものをずっと匂ったり運んだりしていたら、そりゃお腹も空くだろう。

 ぼーっとそれをニヤニヤ眺めていただけの俺達とは違うからな。


「ってかアタシ、地味に日本の屋台お祭り自体そんなに経験ないンだよネ。何がおススメなノ? これは欠かせない〜みたいなノある?」

「……楽しむ心、とかか?」

「味わうのは雰囲気ですよね」

「なンかアタシ、変なコト聞いた?」


 帰国子女のレイサには悪いが、別にそんなに特筆して美味い物が提供されることは多くないと思う。

 別にこれと言ってマズくもないが、作るのは素人だ。

 舌が肥えたレイサを唸らせる代物は絶対にない。

 だからこそ、ここはジャンキーなものを口に入れながら話したり、歩いたりするのを含めてトータルで楽しむ技術が求められる。

 

 みたいな事を説明すると、レイサは笑った。


「別にアタシも三ツ星レストランみたいなレベルは求めてないからネ? じゃァとりあえず、友達がやってるとこ回ってイイ? 7組のたこ焼きと2組のりんご飴なんだケド」

「あ、それだったら7組の隣にある2年生のイカ焼きも行きたいです!」

「じゃあ俺はその前のフライドポテトだな」


 それぞれ行きたいところを決め、そのまま三人で人込みに戻った。





 好き好きに食べ物を買い漁った後、そのビニール袋を持って人気の少ない場所まで移動する。

 しかし結局、外で食べるのも色々都合が悪かったため、三人で校舎に戻った。

 いつも通り多くの人で賑わっている学食で食べることにしたのだ。


 学食は昼頃という事もあって、大盛況である。

 みんな外で買ってきた屋台のご飯を持ち寄って、文字通りお祭り状態。

 雰囲気だけでも楽しい気分になってくる。


「随分買ったネ」

「結局凪咲が最初に言ってたのをほとんど買った感じか」

「……み、みんなで選んだじゃないですか」

「別に食い意地が張ってるとか、そういうことを言いたいわけではなく」


 むすっとした顔で言われたので慌てて訂正しておいた。

 どうやら食いしん坊だと思われるのは不服らしい。

 どれが誰のというわけでもないため、テキトーに買ったものを机に広げる俺達。

 いい匂いがすぐに鼻に入ってきて、幸せだ。

 若干財布には厳しいが、まぁご愛敬だろう。


 それはそれとして、流石に外は暑かった。

 いくら十月の中旬とは言え、直射日光に晒されると汗も滲む。

 目の前ではレイサがニットのベストを脱ぎ、シャツの隙間から風を送っていた。


「はァ……冷房助かるゥ」

「ちょ、ちょっとレイサさん、シャツのボタンを留めてください」

「エ、でも暑いじゃん」

「色々見えそうなので」


 チラチラと俺を見ながら言う凪咲に、気まずくなる。

 しかし、当のレイサはニヤニヤ笑うだけだ。


「別に谷間くらい見えたところでそんな慌てることなくナイ? そんなこと言ってたラ可愛い服着れなくなるし」

「でも学校ですよ」

「さっきその学校内でミニスカ履いてた人が言う?」

「……意地悪」

「あと、別にツクシになら見られてもイイよ?」

「急な痴女やめてくれ」


 初めて会話してきた時からそうだが、レイサはしばしば急にぶっこんで来るからどう反応すればいいかわからない。

 今だって、正直視線のやり場に困っていたし。

 購入していたポテトに手を付け始めると、レイサはボタンを留めてビニール袋に手を伸ばす。

 同時に、恐らく目の保養にガン見していただろう周囲の男子達から、ため息が漏れた。

 やっぱり俺以外にも見られていたじゃないか。

 照れ屋で清楚な凪咲と、その辺が微妙に緩いレイサとでは対照的だな。


「はい、アーン」


 ぼーっと考えていると、目の前にたこ焼きがあった。

 意味が分からなくて、目をぱちくりさせる俺。

 身を乗り出して、つまようじを刺したたこ焼きを向けてくるのはレイサである。


「えっと……もらっていいのか?」

「勿論。そのためにあーんしてるんじゃん?」

「じゃ、じゃあ遠慮なく」


 恐る恐るレイサのたこ焼きを口に入れると、そのまま何故か目が合う。

 じっと俺を見つめた後、レイサは顔を背けた。


「ど、どうしたんだ?」

「イヤその、なんでもナイッ」

「……ってか美味いな」


 時間が経っているため、そこまで熱くはなかった。

 味も思ったより美味しく、もぐもぐと咀嚼する。

 なんだか不思議な気分だ。

 顔が若干熱いが、これは気のせいだと思い込みながら一旦深呼吸。


 と、そこで俺は周囲の冷えるような雰囲気に気付いた。

 目の前の凪咲なんか、黙って俺を見つめている。

 なんなら若干睨まれているような気がするのだが、これも気のせいだよな?


 しかも他にも、周囲の男子から怨嗟の声が聞こえてきた。


「今アイツ、レイサちゃんにあーんしてもらってたぞ」

「ちっ! なんであんな奴が……」

「でもあいつ、今学年一位の枝野筑紫だろ?」

「くそ、じゃあ仕方ないか……付き合ってんのかなあの二人」

「どうだろうな。雨草さんともいい感じっぽいし」

「結局成績かよ」


 公衆の面前で目立つことをしたため、いつにもまして四面楚歌になっていた。

 好き放題言われまくっている。

 だがしかし、思ったよりは受け入れられているらしい。

 成績が良いおかげで、何故か妙に納得されているようだ。

 まぁ俺としては、それならそれで恐れ多いから遠慮したいところである。


「ハァ……攻めるのも精神消耗がエグいワ」


 ぼそぼそと言うレイサに、俺は困惑しながら視線を向けた。


 ……気のせい、なのだろうか。

 自意識過剰なのだろうか。


 レイサの事をやけにじっと見てしまう。

 残りのたこ焼きを食べつつ、どこか上の空な彼女。

 その姿が無性に、視界から離れてくれない。


 今この時、いつもは絶対に考えないようなことが、俺の頭を支配して仕方がなくなっていた。

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