第50話 思わせぶりな美少女と告白

 七村・F・レイサという女子に対して、ずっと謎に思っていることがあった。

 男女問わず友達が多く、天真爛漫な性格の彼女だが、何故か浮いた話を一切聞かなかったのだ。

 人付き合いの狭い凪咲と違い、レイサはクラスの誰とでも話すようなフレンドリーさを持っている。

 そしてこの美貌だ。

 憧れる男子は多くいるし、現に今集めている注目や、今日もずっと一緒に歩いているだけで視線が凄かった。

 レイサは間違いなく学内でも人気屈指の美少女。

 モテるのだ。


 だがしかし、誰かと付き合っているだとか、そういう話は聞かなかった。


 ……いや、違うな。


 他でもないこの”俺”と付き合っているという噂だけが、流れている。

 それも、ある程度受け入れられつつあるようだ。

 俺がただ、学年一位の成績だというだけの理由で。


 全ての意味が分からない状況だが、一番変なのはレイサだろう。

 実際、彼女の言動は思わせぶりなものも多かった。

 今のあーん、だけではない。

 強く記憶に残っているのはやはり、実力考査の後の打ち上げ会でのことだ。

 

 これらがもし、ただフレンドリーというだけでないのだとしたら。

 本当に俺にしか見せない一面なのだとしたら。


 俺はどう接していけばいいんだろう。


「プッ、アハハ! ナニこの雰囲気。照れすぎでしょツクシ」

「い、いや、流石に」

「このくらいフツーだって。ネ?」

「私に聞かないでください」


 ケラケラと笑うレイサに、俺は首を振る。

 いやいや、考え過ぎだ。

 こんなに可愛くて気も配れて、地頭も良い良家の女の子が、俺なんかに変な気を起こすわけがない。

 安心した。

 元から距離感がバグっていたのは知っていたからな。

 ふぅ……。


「……本気、なんですね」

「……ソレは別に最初からだケド?」


 意味深に視線を交換する目の前の美少女二人を見つつ、俺は屋台の焼きそばを啜った。

 濃い味のソースが美味い。





 昼食を終えた後、今度は三人で校内を回る。

 同じフロアを見てもつまらないため、上の階の2年生の出し物を回った。

 と、そこでおどろおどろしい看板が目に入る。

 

「うわァ、お化け屋敷だっテ」

「かなり気合入ってそうですね」

「入口前から血みどろだぞ」

「イヤイヤ、偽物っしょ。クンクン……エ、ガチで血の匂いするんですケド」


 壁の血痕に鼻を近づけ、顔を引きつらせるレイサ。

 それを見て凪咲が青い顔をする。

 首をぶんぶん降りながらレイサの腕を引っ張った。


「べ、別の所に行きましょうよ」

「……ビビってんノ?」

「そういうわけじゃないですけど」

「じゃァ行こうよ」

「私はいいですけど、レイサさんが泣いても知りませんよ」


 俺もなんとなく壁を嗅いでみると、なんだか鉄っぽい匂いがした。

 確かに血の匂いと言えばそんな感じもする。

 もっとも、本物ならばこんなに鮮やかな色にはならない。

 もっと黒く、匂いも生臭い腐敗臭を放つことだろう。

 そもそもいくら手の込んだ先輩教室の本格的な装飾と言えど、リアルの血を塗りたくるようなことはしないはずだし。


 にしても、匂いと言い何と言い、凄い作り込みだ。

 俺達の1年生の出し物よりも、より洗練されている。

 中身も少し楽しみだ。


 と、そんなところに見覚えのある女子の集団がやってきた。


「お、レイサじゃん。やほー」

「ノゾミじゃん。カレンとニイナも」

「今からお化け屋敷入ろうと思うんだけど、ここ入場が二人ずつなんだよね。うちら三人だから一緒に入んね?」

「エェ……」


 丁度現れたレイサの友達三人衆。

 その提案に、レイサは俺達をチラチラ見ながら困ったように眉を顰める。

 俺達を置いて遊ぶのが後ろめたいのだろうか。

 しかし、別に咎めることもない。

 元は他の友達と回ると言っていた彼女だし、俺は別に拘束する気なんかさらさらないのだ。

 というわけで、笑顔で言う。


「行って来いよ。せっかくだし」

「お、枝野君さんきゅー。んじゃレイサ借りるね」

「どうぞ。じゃあ凪咲、俺達も入るか」

「そう、ですね」


 待つのも暇なので凪咲に声をかけると、彼女はコクコクと頷いて見せた。

 さっきまで怖がっていたのをつい忘れて誘てしまったことを、言ってすぐに少し後悔したが、良かった。

 まぁ室内の作りものだ。

 一緒に入れば一人じゃないし大丈夫だろう。


「エ、ヤ……」


 何故か目を見開いて仰天するレイサを、その友達が引っ張って行く。


「……そう言えば筑紫君、いつの間にか私の事呼び捨てにしてますよね」

「あ、ごめん。嫌だった?」

「そんな事ないです。自然にそう呼ばれていたことも、壁がなくなったようでむしろ嬉しかったです」


 はにかむ凪咲に、ドキッとして顔を背ける。

 そして頬を掻きながら少し思った。


 実際問題、俺は少しレイサや凪咲に対して一歩引いて接していたところがあった。

 二人は可愛いし人気者だし、成績や幼馴染との件で自己肯定感が落ちるとこまで落ちていたこともあり、自他共に勘違いさせぬよう、あまり馴れ馴れしくしないようにしていたのだ。

 だけど、毎日勉強をしたり、レイサの家でお泊り会をしたり、うちでテストの打ち上げをやったり。

 そうして一緒にいるうちに、徐々にその意識が俺の中から薄れていった。


 この俺の一歩引いた態度を壁だと感じていたのなら、凪咲の今の言葉も納得できる。

 少し前からレイサを呼び捨てにしていたのもあって、いつの間にか凪咲の事も好きに呼ぶようになっていたらしい。


 お化け屋敷の中は、様々な仕込みがあって面白かった。

 本格的に内装されており、光はほぼ差し込んでいない。

 そんな中で気味の悪い作り物や、先輩キャストのサプライズなどもあり、怖がれる要素もふんだんに盛り込まれている。

 もっとも、残念なのは俺の冷めた感性だ。

 その場で驚くよりも、その作り込みやギミックの構造の方に頭が働いてしまう。


「きゃぁっ!」


 ただ、凪咲はそうもいかないらしかった。

 迷路のようになっている内部で、行き止まりにあって絶叫していた。


「だ、大丈夫だって。鏡だよ」

「はっ……! ……自分の顔でした」

「……んふ」


 暗い室内の中に配置されていたのはまさかの鏡。

 血みどろに塗られた鏡面と、薄っすら下から照らされる仕組みのせいで、やけに気持ち悪く映る自分の顔に、凪咲は目に涙を浮かべる。

 俺はそれを見て、笑わないように堪えた。

 急に冷静になる凪咲が、少しおかしい。

 怖いものが苦手そうだし、本心で心配しているのは勿論だが、それはそれとしてこの反応を見て笑うなというのも難しいだろう。

 

 と、そこで右手に冷たい感触が触れた。


「……え」

「だめ、ですか?」

「いや全然。……大丈夫か?」

「……はい」


 不意に手を握られて驚愕する。

 そして同時に、軽い気分でいた自分に少し罪悪感を覚えた。

 

 ゆっくり歩きながら、俺は謝った。


「ごめん、怖がってたのに連れて入って」

「? 楽しかったので、良かったですよ」

「そ、そうなの?」

「はい。筑紫君が誘わなくても、私から誘ってたくらいです。だから、気にしないで」

「う、うん」


 気を遣ってくれているだけかもしれない。

 だがしかし、ぎゅっと手に力を入れながら微笑んでくる凪咲からは、無理をしている雰囲気は感じ取れない。

 むしろその……距離が近すぎる。

 薄っすら光が漏れてきて、もうそろそろ出口が近いことが分かった。

 どこで誰に見られるかもわからないため、俺は右手を少し振る。


「あの……いつまで握ってるんです?」

「もう少し」

「出口に着くよ」

「じゃあこのまま出ましょう。まだ、離したくないです」

「……そうか」


 そう言われると振り解けないのが男だろう。

 元々俺が連れ込んだという負い目もあるため、素直に言うことを聞く。

 そのまま二人で手を繋いだまま、外に出た。

 途中出口にスタンバイしていた先輩に仰天されたが、俺も顔が熱くてそれどころではなかった。


「おかえりー……ッテ、どういう状況?」


 勿論それは、廊下で待っていたレイサも同様だった。





【レイサの視点】


 アタシはナギサをトイレに行くという口実で呼び出し、二人きりになった。

 人気の少ない校舎の事務棟まで移動した後、立ち止まる。

 そしてそのまま聞く。


「ドーいうつもり?」

「何の話ですか?」

「さっき手を繋いでたコトに決まってるケド?」


 アタシの記憶が正しければ、ナギサはかなり清楚で初心だ。

 ナチュラルに庇護欲をそそる言動もあるけど、それはそれとして基本的には奥手。

 余程関係値が深くないと、男子と手を繋ぐなんて絶対にしない子だと思っていた。

 それこそ、付き合っている彼氏相手くらいにしかしなさそう。


 アタシの問いに、ナギサは冷めた顔で窓の方を見る。

 風に吹かれ、彼女の髪が靡いた。


「それがどうかしたんですか?」

「イヤ……エ? 付き合ってンノ……?」


 恐る恐る聞くと、彼女は首を振った。


「いえそういうわけでは。ただ少し……自分でもよくわからなくて」

「……今から言う事は自己中なコト承知だし、めちゃくちゃキモいのもわかってる。で、別にアタシはアンタに何も強要する気はないし、コレは全部タダの疑問。その前提で一つイイ?」

「どうぞ」

「アタシがツクシのコト好きなの、知ってるよネ?」

「勿論」


 冷や汗を流しながらの言葉に、淡々とナギサは言ってくる。


 アタシはツクシと同様にナギサの事も好きだ。

 友達として、そして一緒に勉強をする仲間として。

 ここ一か月程度の関係だけど、正直特別な関係だと思っている。

 だからこそ心苦しいし、こんな話はしたくない。

 自己嫌悪で吐き気すらするレベルだ。


「アンタ、ツクシのコト、好きなノ?」


 だけど、聞く以外の選択肢はなかった。

 拳を握りながら、そう質問するアタシ。

 ナギサはそれに顔を一瞬歪め、そのまま微笑んだ。


「わかりません」

「そ、そっか」

「でも……レイサさんと筑紫君が付き合うのは、嫌かも」

「……ナルホド」


 一瞬でアタシは状況を理解した。

 これはもう確実だ。

 今までアタシにとって、ナギサは恋敵になり得るあくまで仮想敵に過ぎなかったけど、今この瞬間に変わった。

 この子は想像上の敵じゃない。

 事実として、今この時恋敵になったのだ。

 アタシのツクシへの想いを邪魔しようとする存在なのだから。


 と、ナギサはアタシに言ってくる。


「っていうか、自分だって散々アピールしてたじゃないですか。さっきなんて、あーんなんてしてみたり」

「そりゃアタシはカレのコトが好きだから」

「じゃあ告白すればいいのに」

「ソレは……できないし、絶対しない」

「何故?」

「わかってるクセに」


 アタシはツクシに絶対に告白なんかしない。

 ソレはもう、決めていることだ。

 理由なんか、目の前の女には説明する必要もないだろう。

 ナギサはアタシの言葉に微笑み、そして切なげに言った。


「良い子過ぎるんですよ、レイサさんは」

「ガチで言ってる? ソレはソレでドーなの?」

「ふふ、確かに良い性格してますからね」

「オイ」

「でも偉いですよ。その苦しい決断をできるのは」

「わかってるようなコト言うじゃん」


 首を傾げて促すと、ナギサは言った。


「嫌なんでしょう? 筑紫君の勉強の邪魔になるのが」

「……ベツに」

「いつか他の子に取られなきゃいいですけど」


 話は終わりと言わんばかりに背を向けて歩き出すナギサ。

 アタシはしばらく、動くことができなかった。


 わかってる。

 アタシが躊躇っている間に、ツクシが他の女子に取られる可能性があることなんて。

 実際、元はすぐにでも付き合いたいと思っていた。

 だからミカに色々掻き回してもらったり、協力を仰いだのだ。

 だけど、直近の周サンとのやり取りも含めて、カレにとって今の生活が揺らぐという事が、どれほどの意味を成すのか考えて怖くなった。


「じゃァアタシはドーすればいいノ」


 もしナギサがアタシより先に告白したらどうだろう。

 ツクシが受け入れるかどうかは別として、アタシはどう感じるか。

 二人は成績的にもお似合いだし、切磋琢磨できるいい関係を築けそうだ。

 性格も良いし、顔だってアタシみたいな良くも悪くも一般的じゃないモノより、好みに刺さるかもしれない。

 

「ヤダナ」


 シンプルな感想が、ただ口から漏れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る