第4話 初めての共同戦線
薄暗い路地裏に、三人のチンピラがじりじりと距離を詰めてくる。その目は明らかに獲物をいたぶる前の愉悦に満ちていた。昼間の盗賊よりも、たちが悪い。こいつらは金品だけでなく、単に人を傷つけることにも喜びを見出すタイプだ。
(どうする……? MPは残り40。逃げるか? いや、この状況で背中を見せれば、何をされるか分からない)
まともに相手をするのは得策ではない。かといって、逃げ切れる保証もない。一瞬の思考の後、俺は覚悟を決めた。やるしかない。ただし、目的は撃退ではなく、あくまでこの場を切り抜けること。できるだけ目立たず、騒ぎを起こさずに。
「……用がないなら、通してくれないか」
俺は努めて冷静に言い放った。チンピラたちは、俺の態度が意外だったのか、一瞬顔を見合わせ、それから下卑た笑みを浮かべた。
「威勢がいいじゃねえか、ひよっこ。少し教育してやる必要があるみてえだな!」
リーダー格の男が、棍棒を振りかぶりながら突進してくる。他の二人も左右から回り込もうとする動き。昼間の盗賊と同じパターンだ。だが、こいつらの方が動きは雑だ。
俺はリーダー格の男の突進を最低限の動きでかわし、すれ違いざま、男の靴に意識を集中した。
(ほんの少しだけ、重く!)
《重力操作》を発動。MP3消費。男の足取りがわずかに乱れ、体勢を崩す。
「おっと!」
その隙に、俺は男の足元に転がっていた小石を《重力操作》で軽く浮かせ、もう一人のチンピラの顔面めがけて、そっと押し出す。MP5消費。
「うわっ!?」
突然目の前に現れた小石に驚き、チンピラが怯む。その隙に、最後の一人がナイフを突き出してくるのを、腕で弾き飛ばすように受け流した。一連の動きは、ほんの数秒。俺はチンピラたちの包囲を抜け、路地の出口に向かって走り出していた。
「な、待てこら!」
背後から怒声が聞こえるが、振り返らない。今はただ、この場を離れることだけを考える。スキルを使ったことは、おそらく気づかれていないはずだ。躓いたり、小石が飛んできたりしたのを、単なる偶然か、俺の小細工だと思っているだろう。
路地を抜け、人通りのある大通りに出たところで、俺はようやく足を止めた。幸い、追ってくる気配はない。
「はぁ……はぁ……。危なかった」
胸をなでおろす。やはり、街には街の危険がある。無闇に路地裏に入るのは避けた方がよさそうだ。
薬草の入った袋を握りしめ、俺は改めて冒険者ギルドへと向かった。今度こそ、無事に依頼を完了させなければ。
ギルドに戻り、受付で採取した薬草ルナリアを提出すると、すぐに検品が行われ、依頼完了と認められた。
「はい、確かに。報酬は銅貨50枚ですが、登録料の天引き分がありますので、今回はお支払いなし、残りの借金が銅貨50枚となります」
受付の女性職員が事務的に告げる。分かってはいたが、やはり手元にお金が入らないのは寂しい。早く借金を返済して、まともな装備を整えたいところだ。
「次の依頼を探したいんですが」
「どうぞ、あちらの依頼ボードをご覧ください。Fランクの冒険者向けの依頼は、一番右のボードにあります」
教えられたボードを見ると、薬草採取や簡単な荷物運び、街の清掃など、地味な依頼がほとんどだった。魔物討伐系の依頼もあるが、「ゴブリンの斥候 一匹討伐 報酬 銅貨30枚」といった感じで、報酬はあまり高くない。
(地道に稼ぐしかないか……。でも、少しでも早くスキルレベルを上げたい。そのためには、やっぱり実戦経験が必要だ)
俺が依頼ボードの前で悩んでいると、不意に後ろから声をかけられた。
「おい、そこの新人」
振り返ると、そこには筋骨隆々とした体躯に、使い込まれた片手剣を腰に下げた、赤毛の男が立っていた。歳は三十代半ばくらいだろうか。鋭い目つきをしているが、どこか面倒見の良さそうな雰囲気も感じさせる。
「……俺のことですか?」
「お前以外に誰がいる。さっき、路地裏でチンピラどもを相手にしてたろ?」
「え……見てたんですか?」
まずい、やはり見られていたか。スキルを使ったことがバレたかもしれない。俺が身構えると、男はニヤリと笑った。
「ああ、見てたぜ。なかなか面白い動きをするじゃねえか。普通の新入りなら、泣き喚いて身ぐるみ剥がれてるところだ」
どうやら、スキルそのものには気づいていないようだ。俺の体捌きか、あるいは機転が利いたと思っているらしい。
「俺はバルガス。見ての通り、剣士だ。ランクはC。お前、名前は?」
「カイト、です。ランクはFになったばかりで……」
「Fランクでアレか。筋は悪くなさそうだな。どうだ、俺たちと組んで、ちっとばかし稼いでみないか?」
バルガスは親指で、少し離れたテーブルに座っている二人組を指した。一人は、軽装鎧に身を包んだ細身の男。おそらく斥候か短剣使いだろう。もう一人は、ローブを着て杖を持った、少し気弱そうな雰囲気の少女。魔法使いだろうか。
「俺たち?」
「ああ。ちょうど今、簡単なゴブリン討伐の依頼を受けようと思ってたんだが、一人欠員が出てな。お前、ゴブリンくらいなら相手できるか?」
ゴブリン討伐。アルク村でも経験したが、あの時は村人たちの助けがあった。今度は、冒険者としての本格的な戦闘になる。少し不安はあるが、これは願ってもないチャンスだ。経験値を稼ぎ、スキルを試す絶好の機会。それに、このバルガスという男は、強そうだ。彼らと一緒なら、安全に経験を積めるかもしれない。
「……やります! 足手まといにならないように頑張ります!」
「はっ、威勢がいいな。気に入った。よし、決まりだ。こっちに来い」
バルガスに連れられて、テーブルへ向かう。
「こいつが今日から仲間になるカイトだ。新米だが、根性はありそうだ」
「……どうも」
「エマです。一応、魔法使いやってます……。よろしくお願いします」
軽装の男はぶっきらぼうに、魔法使いの少女――エマは少しおどおどしながら挨拶してくれた。どうやら、この三人がバルガスのパーティメンバーらしい。軽装の男の名前は聞きそびれたが、まあ追々分かるだろう。
「依頼は『ポルト近郊の森に出没するゴブリン斥候部隊の討伐』だ。斥候っつっても、せいぜい三、四匹の群れだろう。危険は少ないはずだ」
バルガスは依頼書をテーブルに広げ、説明を始めた。場所はポルトから西へ少し行ったところにある森。報酬は成功すれば一人当たり銀貨1枚。借金が銅貨50枚ある俺にとっては、非常に魅力的な額だ。
「よし、じゃあ早速出発するぞ。準備はいいな、カイト?」
「はい!」
俺たちはギルドを出て、西門からポルト郊外へと向かった。道中、バルガスが戦闘における基本的な連携について教えてくれた。
「基本は俺が前衛で敵を引きつける。エマは後方から魔法で援護。斥候の……あー、まあ、あいつは側面から奇襲したり、索敵したりする。カイト、お前はエマの護衛、もしくは俺のフォローに回ってくれ。武器はナイフだけか? まあ、無理に前に出る必要はない」
斥候の男の名前は、バルガスも忘れているのか、あるいは意図的に呼ばないのか……。まあいい。俺の役割は後方支援。《重力操作》のスキルを活かすには、ちょうどいいかもしれない。
目的の森に着くと、バルガスは斥候の男に索敵を指示した。男は頷くと、音もなく森の中へ消えていく。
「あいつ、口数は少ないが、腕は確かだ。すぐにゴブリンの居場所を見つけてくるだろう」
バルガスの言う通り、十分もしないうちに斥候の男が戻ってきた。
「……いた。三匹。北東の開けた場所に」
「よし、行くぞ!」
バルガスを先頭に、俺たちは慎重に森の中を進む。やがて、木々の切れ間から、焚き火を囲んで何やら騒いでいるゴブリンたちの姿が見えた。数は報告通り三匹。棍棒や粗末な石斧を持っている。
「よし、俺が突っ込む! エマ、援護を頼む! カイトはエマを守れ!」
バルガスが雄叫びを上げて飛び出していく。ゴブリンたちは不意打ちに驚き、慌てて武器を手に取った。
「《ファイアアロー》!」
エマが杖を構え、呪文を唱える。小さな火の矢が放たれ、ゴブリンの一匹の肩に命中した。
「ギャッ!」
ゴブリンが悲鳴を上げる。しかし、致命傷にはなっていないようだ。
バルガスは先頭のゴブリンと斬り結んでいる。さすがCランク冒険者、動きに無駄がない。ゴブリンを圧倒している。斥候の男は、死角から別のゴブリンに襲いかかり、短剣で素早く仕留めた。強い。
残るは、エマの魔法を受けたゴブリンと、バルガスが相手しているゴブリンの二匹。エマが次の魔法を詠唱しようとした瞬間、手負いのゴブリンがエマに向かって石を投げつけてきた!
「危ない!」
俺は咄嗟にエマの前に立ち、飛んでくる石に《重力操作》を発動した。
(逸らせ!)
石の軌道をわずかに変え、俺のすぐ横を通り過ぎさせる。MP5消費。
「え? あ、ありがとう、カイトさん!」
エマが驚いた顔で礼を言う。
「集中して!」
俺は言いながら、今度はエマを狙うゴブリンの足元に《重力操作》をかける。
「重くなれ!」
ゴブリンの動きが一瞬鈍る。MP10消費。その隙に、エマの二発目の《ファイアアロー》がゴブリンの胸を貫いた。
「やった!」
エマが小さくガッツポーズをする。
その頃には、バルガスも最後のゴブリンを倒していた。戦闘はあっという間に終わった。
「ふぅ、まあこんなもんだろ。カイト、なかなかいい動きだったじゃねえか。特に、あの石を避けたのは見事だったぞ」
「いえ、たまたまです……」
スキルを使ったことは伏せておく。バルガスは俺の肩をバンバンと叩いた。斥候の男も、無言で小さく頷いている。エマは、まだ少し興奮気味に頬を赤らめていた。
「ありがとう、カイトさん! 助かりました!」
「どういたしまして」
初めてのパーティでの戦闘。上手く連携できたとは言えないかもしれないが、《重力操作》の補助的な有用性は示せたはずだ。MPも残り25。燃費を考えながら使えば、十分に戦力になれる。
討伐の証としてゴブリンの耳を切り取り、俺たちは帰路についた。ギルドで報告すれば、銀貨1枚の報酬だ。これで借金も返せる。
バルガスが、倒したゴブリンが身につけていた汚れた布切れを拾い上げた。そこには、奇妙な紋章が描かれていた。黒い蛇が円を描くような、不気味なデザインだ。
「ん? なんだこりゃ。ゴブリンがこんなもん持ってるなんて、珍しいな……」
バルガスは首を傾げながら、その布切れを懐にしまった。俺もその紋章を目に焼き付けた。なぜか、嫌な予感がしたからだ。ゴブリンが持っていた謎の紋章。それは、これから始まる大きな事件の、ほんの小さな兆候に過ぎなかった。
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