2. その勇者、アウトロー②
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「よくぞ。ここまで来れたな……。虫けら共よ……」
「覚悟しやがれぇ! 魔王!」
魔王城での最後の戦い。燃え盛る炎とマグマの中……俺達は、魔王と死闘を繰り広げた。レミ姐さんの魔法……アルさんの剣、そしてエリカの回復魔法……。どれも欠けちゃいけなかった。皆がいたからこそ、俺はあの時……魔王にトドメを刺す事ができたのだ――。
「勇者クロウとその仲間達に万歳! 今日は、宴だァァァァァァ!」
帰って来た俺達を人々は、温かく迎えてくれた。俺達は、すっかり英雄だった。国王から感謝され、報奨金も沢山もらった。世界は平和になり、明るい時代がそれから少しの間続いた――。
「あの時は……良かったな……」
俺が、天井をぼんやり眺めながらそう言うと、両隣に座っていたレミ姐さんとアルさんは、途端に口を閉じて黙々とお酒を飲み始めた。
口には、出さないがこの2人も、そして今はお店の奥で仕事をしているエリカも同じ事を思っているのだ。
俺達は毎日、エリカの店で酒を飲んでいた。最初の頃は、俺達の他にも飲み仲間がいて、皆で楽しく宴会をしていたのだが……いつの間にか、仲間達は皆それぞれの道を歩むようになっていて、気づいたら俺達だけになっていた。
「……クロ? そんなに飲んで大丈夫か? お前、お酒は苦手だったろ?」
アルさんが俺を心配してくれる。俺は、ウイスキーを勢いよく飲み干すと、クラクラする頭を抑えながら言った。
「……でぇじょうぶだよ~。アルさん、これでもおれぁ……肝臓は丈夫なんだぁ! 二日酔いなんてしねぇよ」
「いや……体もそうだが、お前……もうお金もないんだろ? 聞くところによると、かなり借金もしていて、エリカちゃんにも迷惑かけてるみたいじゃないか? ちゃんと仕事した方がいいぞ?」
アルさんは、俺の背中に手を置きながら優しい顔でそう言ってくれる。俺は、テーブルに伏せてグラスを打ち付ける。
「わーってるよ。そんな事はぁ……。明日は、ちゃんと仕事するぜ?」
「牛を隣町に売りに行く仕事か?」
「あぁ、そう……。カウボーイの仕事だ」
すると、アルさんは俺に言った。
「……クロ、その仕事……そろそろ手を引いた方が良いって前にも言ったろ?」
「え?」
アルさんは、ウイスキーを飲むのをやめて少し真剣な様子になって言い始めた。
「……今時、牛を運ぶのは人間じゃない。鉄道の仕事だ。ここだって近々、鉄道が敷かれるみたいじゃないか……」
「……」
魔王討伐後、この世界では急速に機械化が進んだ。“産業革命”という言葉では説明しきれないほど物凄い勢いで世界は、発展をし続けた。
各地に線路が敷かれ、車が走り、あちこちに工場までできるようになった。この世界は、今じゃ俺が昔住んでいた「現代日本」とほとんど変わらないくらいに発展を遂げ、国王の住む王都もその姿を大きく変貌させた……。
つい、この前まで世界は中世ヨーロッパのような景観をしていて、剣と魔法が全てだった。
だが、今では文明が大きく進み、すっかり近代ヨーロッパのような世界に変わり果てた。その影響で、俺達のような昔の遺物は、排斥されるようになり、時代に取り残されていくようになった……。
「分かってるよ。このままじゃダメな事くらい俺だって……」
でも、どうしようもないんだ。昔みたいな日々は、もう戻ってこない。近代化の波を俺も受け入れるしかなかった。……でも、できない。
「なぁ……アルさん、また今度さ……ダンジョン潜りに行かねぇか?」
「何を言ってるんだ? 今時、ダンジョン探索なんてする人は、何処にもいないだろう? 調査団が、よく分からない機械を使って調べてるみたいだし、それに……もうあちこち開発が進んでて、ダンジョン自体の数も減ってきているだろ?」
「そりゃ……そうだけどよ……」
アルさんの言う通り、昔この辺りにあったダンジョンは、全て調査団に入られているか、鉄道の土地開発の影響でなくなってしまった。でも俺は……。
「俺は、アルさんを本物の騎士にしてやりてぇんだ。そのために魔王を倒しにいったし、王様に認められようと色んな事をした。……なのに、もうダンジョンはないし、魔王だって倒しちまった。誰かが、魔王を蘇らせてくれればなぁ……」
「バカな事を言うんじゃない! クロ! 忘れたのか? 俺達が、どれだけ苦労して……やっとの思いで魔王を倒した事かを……。お前が一番よく知っている事だろう?」
「そうだけどよぉ……」
でも、そう言う驚異がなきゃ……俺達は、一生このままだ。このまま腐っていく。そんな気がした。俺は、ずっと尊敬するアルスさんを騎士にしたかった。国王にもそれを認めさせたかった。そのために戦った。
けど、冒険者のいらなくなったこの世界じゃもうそれも叶わない。
「レミ姐さんは、どう思う?」
すると、姐さんはジョッキを置いて少し考えてから口を開いた。
「そうねぇ……。クロちゃんの言いたい気持ちも分かるわ」
「だろ! さっすが、姐さん!」
「けど、仕方ない事よ。終わってしまった事なんだから。受け入れて前に進むしかないわ」
「ちぇ~」
姐さんもアルさんも真面目だ。ちゃんと今を生きようとしている。けど俺は……。そんな時、お店の奥からエリカが告げてきた。
「ほら、これでも飲んで元気だしなよ。私からの奢りよ」
エリカは、ミルクカクテルを俺の前に置いてくれた。濃厚なミルクの香りが、俺の鼻を刺激する。
「……おっ! エリカのカクテルじゃねぇか! サンキューな」
俺は、カクテルを一口だけ口に運ぶと、そのまま止まらなくなってしまい、結局一気に飲み干してしまっていた……。
「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! これだぜ! やっぱ、エリカの作るカクテルは、最高だな!」
「もう……。調子いいんだから……」
エリカは、頬を紅く染めてお店の奥へ消えて行った……。
――結局、その後も俺達は夜になるまでお酒を飲み続けた。今日も一日を無駄にした。エリカに閉店を告げられ、お店を出た俺とアルさんとレミ姐さんの3人は、夜風に当たりながら3人で歩いていた。
「ここは、変わんねぇな……」
俺が、ボソッとそう言うと、隣を歩いていたアルさんが、月を見つめながら告げた。
「そんな事もないぞ。この町にも鉄道が敷かれるらしいし、それに……この辺りに最近、大きい工場が作られたらしい」
「聞きたくねぇ事、言わないでくれよ。アルさん」
アルさんは、笑っていた。レミ姐さんも……。でも、俺は笑えなかった。この町だけは、変わって欲しくない。本気で、そう思っていたから。
「俺達、後はこのまま歳だけ取って、腐っていくのかな……」
アルさん達は、何も答えない。2人にも分かっていたのだ。自分達にかつてのような輝きがない事を……。
「月が眩しいぜ……」
ボーっと月を眺める俺達。すると、その時だった――。
「……勇者クロウと、そのパーティーメンバーの……アルスさんと、レミアさんですね?」
暗闇の中、俺達の目の前に現れたその男は、月明りに照らされていてとても輝いて見えた。彼は、一見すると凄くみすぼらしい格好をしていたが、しかし俺は、彼のその顔に見覚えがあった。
「アンタ、確か……国王の所でスパイやってた……」
「クリスです。お久しぶりです。勇者クロウ様。……国王陛下がお呼びです。ただちに私と一緒に来て貰えますか?」
「なんだって……?」
この時は、誰にも分からなかった。月明りの下、俺達の新たな物語が始まろうとしていた事を……。この時、断っていれば……きっとこの後に起こる悲劇を俺達は、経験しないで平和な日々を過ごす事ができたのかもしれない……。
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