第9話 センセ

 カルが『エンデルガーデン』に来て、一週間が過ぎた。


 毎日、リエルが、精霊魔術で治療してくれているお陰で痛みも和らいできた。

 重い物をもったりすると少し右腕に痛みがあるものの、もう、私生活では問題ないレベルだ。こうなると、ただでおいてもらっているのも、申し訳ない。


 何か手伝いでもしなければならないと思って、リエルに声を掛けたところ、リハビリを兼ねて薬草採取を頼まれた。

 何でも、もしもの時のことを考えて、村人のために様々な薬を作って保存しておくのだそうだ。

 とりあえず、今日は回復薬に必要な2種類の薬草のみの採取に行くことにした。

 渡された籠を背負って、例の魔法通路につながる扉のある場所へと向かう。

 魔法通路は他にも、いろいろとあるらしい。どの通路も入口から出口までの距離は同じくらいで、メリーザ様に許された者だけが利用できる。


 使用方法も簡単である。扉がある付近で掌を翳して、魔力を注ぐだけである。

 注ぐ魔力の量は微量で、俺でも利用できる。

 俺は注ぎ方をリエルに教えてもらい、マスターするのに3日もかかってしまった。


 初日のリエル曰く、

「あなたは、魔力が少ないから、体内の魔力を感じ取るのは普通の人よりも簡単なはずだと思うのだけれど」

 ……悪気は無いようなのだが、極めて失敬である。だが、事実は受け入れるというのが俺のポリシーである。

 とはいえ、俺は魔力を自分の中に感じたことがない。それに、少ないが故に探すのは大変のようにも思えるのだけれど…。

 イマイチ分からない部分が多かったが、出来るようになったので、オールオッケーである。

 けれども、やはり一言余計ではある。



 通路を抜け、扉を開けると出口周辺には、たくさんの薬草があった。

 なんだか、薬草採取専門の通路のようである。

 俺の他に薬草を摘みに行く人はいないのだろう。

 この通路、自分専用となりそうである。


 見晴らしもいい。

 風も心地よく。陽ざしも強くなく。いい塩梅である。

 何といっても一人でいられるのが一番いい。

 と言っても、散歩に来たわけではない、役に立たねば。


 朝から2種類の薬草だけを採取し続けている。

 よくもまあ、これだけあるものだと感心してしまう。嫌でも形と臭いを覚えてしまった。

 2:1の比率で使うそうなので、夫々の比率に纏めて担いできた籠に入れていく。

 そこそこの量が採取できたので、今日はもう、戻ることにした。


 立ち上がると、リスやらウサギやらシカやらと、やたらと動物が目に入る。

 皆、俺の事を凝視している。急に立ち上がったから驚いているのかも知れない。

 動物たちの方へと進めば、皆一目散に逃げていくのだろう。

 この先、仲良くなりたいので、ここは怖がらせるようなことはせず、真っ直ぐに通路へ戻ろうと思う。害がないと分かれば、その内に動物の方から寄って来るかも知れない。


 本当に可愛くて癒される。

 

 少しばかり、俺は動物らを眺めた後、魔法通路へと向かった。


 扉を抜け、『エンデルガーデン』に戻ると直ぐに、日向ぼっこをしているメリーザ様と目が合った。


「おう、帰ってきたかえ。それじゃあ、早速、薬を作らんとな」

「あっ、はい、お願いします」

 ちょっと、休憩を入れたいとこではあったが、すぐに荷物を降ろし、メリーザ様の方へ走りだした。


「お前なあ、メリーザ様が直接教える訳がないだろう。俺様が教えてやるからこっちに来な」

 少し、語気の強い声が、背後から聞こえてきた。

 声の方を振り向くと灰色のウサギがテーブルで頬杖をついて、こっちを見ている。

 体の大きさは人間位だが、顔も体もウサギだ。


 リエルに教えてもらった獣人というものではない。

 ウサギが椅子に腰かけて喋っているのだ。

 体について、もう少し付け加えると、だらしなくお腹がでており、やや肥満体系である。


「何か言いたそうな顔だな。ウサギには教えられたくは、ないってか!」

「いえ、決してそういうことでは……喋ったことにビックリしただけで。すみません」


「ふうん。まぁそりゃそうだな。動物が喋ればビックリはするわな。まぁ、これからは俺様が色々と教えてやるから、俺様のことを“先生”と呼べよ。わかったな! お前は、転生者だから知らないかもしれないが、“先生”というのはだな、子供だけじゃなく大人からも尊敬される者の呼名なんだ。実際、俺様は王都で、見てきたんだから間違いない。いいか、ここは外せないとこだからな、ちゃんと呼べよ!」


「……わかりました。先生」

(この肥満ウサギは、付き合いづらそうだなあ。)


「まずはいいかぁ、この世界というのはなぁ。基本、弱肉強食の世界だと思え。舐められては駄目だ、俺みたいに常に強気で行け、分かったか。馬鹿にされたら、即決闘だ! 決闘を申し込め、いいな。これが第一の教えだ」


「は、はい、わかりました。先生……」

「分ぁかれば、いい」

 先生と呼ばれていることに満足気な感じである。


「……あ、あの、お名前を伺っても良いでしょうか?」

「ああ、俺様は、ジルっていうんだ。ジル先生って呼べよな」


「わかりました。ところで、ジル先生はどのような魔術が得意なんですか?」

「お、お前なんかに見せる魔術なんかない!」

 ジルは急に不機嫌になり、立ち上がった。


「まあ、いっぱい摘んできてくれたのですね。大変だったでしょう。ありがとうね。カル」

「そんな。これ位のこと。大したことないですよ」

 リエル、ナイスタイミングである。


「カル。ふふ、ジルはね。ほとんど魔法を使えないのよ。使える魔法は特殊よねぇ」

「煩いな! 余計なこと言うな」


「ジルの魔法属性は、“風”だけれど、風魔術は使えないの」

「えっ、属性の魔法を使えないなんてことあるんですか?」

「基本、みんな1人に1つの属性をもっているけれど、必ずしも属性の魔術が使えるとは限らないの。魔力を自分の属性に変換できない者もいるのよ」


「じゃあ、ジル先生はどんな魔術が使えるんですか?」

「ジルの力はね……」


「余計なことは言うなっていっただろ!」

「あらら、怒られちゃいましたから本人から聞いてみてください」

「……教えてくれそうもないんだけど」


「仲良くなったら教えてくれますわ」

(仲良くなれそうにもないんだけど)


「そいつとなんか、仲良くなるわけないだろ!」

 ジルがこっちに来た。歩き方に感情が表れている。

(明らかに怒っている。……森で見たウサギは可愛かったなぁ。偉い違いだ)


「転生したばかりで、何にも分らないんだから、優しく教えてあげてね。ジルセェンセ」

 そういうと、リエルは微笑みながら退散していった。

(怒らせて去っていくなんて。迷惑このうえない。さっきは救われたけど)


「あいつは、絶対に俺様のことを馬鹿にしている! そう、思うだろ!」

「え、仲良く見えましたが」(苦しいかな)


「ほらほら、怒ってばかりいないで、きちんと教えてやるのじゃぞ。ジルセンセ」

「え、あ、もちろんです。メリーザ様。ってメリーザ様は『先生』って呼ばないで下さい。困ってしまうじゃないですか~」

(なんなんだ、こいつは)


 これ以後、この態度のでかい、「ウサギのジルセンセ」にいろいろな薬の知識や調合方法を教えてもらうことになった。



 そんなある日、俺は腕の治療の一環として湖へと向かった。

 湖の水に浸けると浄化効果があるとリエルから聞いたからだ。


 魔法通路を抜けると美しい景色が目の前に広がった。

 樹木が多く繁る中、湖は思っていたよりも広く、水面は陽の光を浴びて輝いていた。


「……癒される」

 カルは、暫く立ち止まって見つめていたが、何とはなしに歩きはじめた。

 程よい風が、頬に当って気持ちがいい。


 暫く、湖の廻りを歩いていると大きな岩が見えてきた。


 岩場の上は見晴らしが良さそうなので、そこで昼飯を食べようとそのまま歩を進めた。


 岩の近くまで来た時、彼は驚いた。


 大きな岩の側面に、横たわるような恰好で女性の石像が彫られていたのである。

 耳からしてエルフがモチーフなのだろう。思ったよりも小さいが。


 理想の女性像として造りあげたに違いない。「美しい」の一言だ。スタイルも抜群である。実際には、こんな女性は存在しないのであろうと思いながら、昼食のことも忘れ、その場に釘付けになっていた。

 

 カルは転生して、まだ若い女性には会ってはいない。

 因みにリエルは妖精なので、対象外である。

 女性というよりは、神秘的な要素を大きく感じるからである。まあ、エルフも妖精ともいえるかも知れないのだが…。



 カルは辺りを見回してみた。

 誰もいないと分かってはいるのだが、再度見回す。


 なぜ、何度も見回しているのかというと、

 彼は石像の胸の形があまりにもいいので、触りたくなってしまったのである。

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