第2話 公爵令嬢

 =*** ウイン・エーベル王国 ***=


 人間族が中心となって、長耳族や獣人族、矮小族等の多種民族とともに築き上げたこの国は、中央大陸において歴史ある大国である。

 この国の北西部に広がる深き森を『エンデルの森』といい、別名『魔女の棲む森』という。

『魔女の棲む森』と聞くと怖いといった印象を抱くかもしれないが、実際のところは逆である。この森は『魔女に護られている森』なのである。

 魔女は森から生じる瘴気を浄化することで、魔物の発生を抑制し、森の恩恵を周辺の村人らに分け与えていた。

 この森は魔物のいない、自然豊かな安寧な森なのである。

 そんな『魔女の棲む森』沿いの広場に、騎士達に護衛された馬車が停まった。

 昼下がりの小休止をとるためである。


 4頭の馬に引かれ、2人の馭者に操られたこの馬車は、一切の装飾がなく豪華さが抑えられた造りで、堅固な印象を受けるものであった。


 ゆっくりと扉が開き、馬車の中から現れたのは、ミューラー公爵家の令息と令嬢である。

 ミューラー公爵家は、この辺り一帯を治める上流貴族である。


「うーーん、ジルフリードお兄様も早く降りてきて、伸びをしてみてください。気持ちがいいです。空気もおいしいですし。気分も晴れやかになりますわ」


「そうだね、フレデリカ。でも、やはり領内はもう直ぐそこなのだから、こんなところで小休止をとる必要はなかったんじゃないか?」


「もう、お兄様。さっきも申し上げましたが、護衛のみんなが疲れきった顔をして、戻ってきたら、待っていた方々はどうお思いになりますか! 心配になるに決まっています。皆の家族や領民らに自然な笑顔を見せるために、あえてここで休みをとるのです。大事なことなのですわよ。笑顔、笑顔、笑顔です」


「まあ、それはそうかも知れないが。……ふう。そうだな。どうせ休むのなら、徹底して休もう! みんなっ!笑顔、笑顔、顔の筋肉を解そうじゃないか」

 兄のジルフリードは大声で騎士達に呼びかけ、談笑を始めた。


 笑顔を大切にするこの公爵令嬢の名前はフレデリカ・ラノ・フォン・ミューラーという。

 綺麗に縦に巻かれた金色の髪と碧い瞳の彼女は、今年で17歳になる。

 年齢の割りには大人びた容姿であるため、護衛の騎士達も、視線が合うと緊張してしまうほどである。


 有力貴族が集まるパーティーでは優雅で上品な振る舞いから、目を奪われる貴族達も多く、憧れを抱かせる存在ではあるけれども、実際のところは、話好きで、とても明るい性格の女性であった。

 当然、婚約の儀もすましており、婚姻後に付き従う護衛の騎士や侍女も決まっている。


 今回は、彼女の小事での外出でもあるので、直属のものだけを率いて出発するつもりだったが、急遽、兄のジルフリードも一緒に出向くというので、結果、大人数での外出となってしまい、皆に気を遣っての小休止提案であった。


 彼女は懐かしい目をしながら、護衛の一人に声をかけた。

「カル! 暫くぶりですね。背も凄く高くなって、……でも、当時の面影は十分残っていますわ。あなたが、卒業して王都より戻ってきた時、直ぐにお話をする機会を取りたかったのですけれども、ちょっと用事が重なってしまって、遅くなってしまってごめんなさいね。戻ったら直ぐにでも。皆で食事会を致しましょうね」


 カルは同期のケリーやピートと話していたところに、急に声を掛けられて、ちょっと驚きはしたものの、丁寧に対応した。

「お気にかけて頂き、ありがとうございます。是非、出席させていただきます」

「もう! 仰々しいわねぇ。まぁいいです。食事会が終わるころには、昔のカルにしてみせますからね」

 彼女には、幼い頃のカルのイメージがそのまま残っているのだろう。言葉の一つ一つが嬉しそうである。


 親しさの籠る言葉にカルは、ちょっと照れながら言葉を返した。

「あ、あの、フレデリカ様。……もう、そろそろ出発をされたほうがよろしいかと」


「……ふう。今、馬車から降りて話を始めたところですよ。意地悪なことは言わないでくださいな」

「あぁ、いえ、そんなつもりでは……。申し訳ございません」

「ふふ。せっかく、休みを挟んだのですからリラックスしてください。見張りは担当の方にまかせて、ほら、笑顔、笑顔、笑顔になってください」

 照れ隠しからでた言葉にも、明るく応対してくれた彼女をみて、カルは自分でも気づかずに微笑んでいた。


 カルにとって、彼女は将来の主である。

 そう、カルは彼女が嫁いだ際に同行する護衛の一人なのである。

 カルはフレデリカの遠縁にあたるものの、ミューラー家の家名を名乗ることは許されていない。

 彼は、現当主から数えて2代前のミューラー家の当主と侍女との間に生まれた子供の子孫にあたり、そのまま代々仕えてきた。

 幼いころは、フレデリカとともに遊んでいたが、10歳になると主従の関係を明確にするため、周りの計らいから直接話す機会は、ほとんどなくなっていた。


 その後、彼は王立士官学校へ12歳で入学すると、剣術の才能が開花し、15歳で『戦士資格』、16歳には『従騎士資格』を取得する。

 彼は、フレデリカと幼馴染であったことと、その将来性をかわれ、彼女の直属の騎士3人の内の1人に選出された。

 この選出については、彼女のたっての希望でもあった。

 今回の護衛は、卒業後の初任務となる。


 フレデリカは、カルと少し話した後、スコットにも声を掛け談笑をしていた。

 スコットも直属の騎士に選ばれた1人である。

 そこに、ニコニコ顔の侍女が話し掛けてきた。


 亜麻色の髪を靡かせた彼女の名前は、マーレという。

 フレデリカのお世話担当である。

「フレデリカ様、久々にお話をされてみてどうでしたかぁ。カル様からは『絶対に守ってみせる』という強い意思を感じますよね。まさに忠義の士って感じですぅ。お姫様と聖騎士様が出てくる御伽噺みたいで、見ていてもう、憧れてしまいますぅ」


「ちょ、ちょっと待ってください。マーレ殿、自分だってカルと同じ誓いをたてているのです。絶対に守ってみせますし、自分も忠義の士でありますです」

 スコットは慌てて、割り込んできた。


 出立前に、ダルクとスコット、カルの3人は時期尚早とは思ったが、カルが士官学校を卒業して戻ってきたのをいい機会と考え、フレデリカは不在であったが、あらためて、彼女へ『誓いの儀』を立て、生涯における主として仰ぐことを確認し合っていた。

 このようなこともあり、彼は自分も『忠義の士』だという部分を、はっきりと主張したくなったのだろう。 


「十分にわかっています。マーレは『カル贔屓』ですから、気にしないでくださいね」

 フレデリカは、スコットの慌てぶりが可笑しく、クスクスと笑いながら彼に答えた。

「マーレ、カルは、あなたのことも守ってくれますよ」

「わ、私のことはいいんです」

 マーレは俯いてしまった。

「そもそも、何で、さっきは付いて来なかったのですか」

「え、あ、フレデリカ様のお足が、お速くて……」

 マーレは顔を上げようとはしない。

 トレードマークのリボンも心なし元気がない。

「もしかして、マーレはカルのことが気になるのですか?」

 彼女は気づいていながらも、イタズラ顔で話しを振ってみた。


「ちゃはっ♪」

 変な声を発したマーレは、顔を真っ赤にし、手で顔を覆いながら、そのまま縮こまってしまった。

 彼女は士官学校を卒業して領内に戻ってきたカルのことが、気になって仕方がなかったのである。

 幼き頃はカルによく遊んでもらっており、侍女の仕事のお手伝い中でも、遠目で彼を追っていたくらいである。

「マーレ殿は、カル贔屓でいらしたのですね。覚えておきますです」

 スコットも『イタズラ』に参戦してきた。

「あ----、スコット様! カル様に変なこと、絶対に言わないでくださいね」

 マーレは真っ赤である。


「容姿端麗、頭脳明晰、元気と笑顔いっぱいのマーレ殿に思われるカルは、幸せ者でありますです」

「そ、そんなことは」

「スコット、その辺にしておいてくださいな。今の話はカルには内緒ですよ」

「はい、余計なことは一切言いません。心得ていますです」

 フレデリカが振り返ると、マーレは俯いたままである。


「カルとのこと。協力して差し上げましょうか? マーレ」

「本当ですかぁ!!」

 マーレは、声の大きい元気な侍女であった。

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