第16話「少年と友と過去の残骸」
カズキの部屋に入るのは久しぶりだった。昔はお互いの部屋を訪ねることなど日常茶飯事だったが、今では前に訪れたのが何時だったか、あるいは彼を自室に招いたのが何時だったか、思い出すことが難しかった。
「パーツはその辺に置いといて」
「その辺って、何処にだよ」
パーツの入った紙袋を抱えて、ハルトは顔を顰めた。友人の部屋は、大きく様変わりしていた。昔はもっと整然としていた気がするが、今では随分と散らかって見えた。
デスクの上にはパソコンが鎮座し、周囲にはプリントアウトしたネット記事と、何かの走り書きが散らばっている。デスクとは別に作業台が置かれ、そこには工具と部品が広げられたままになっていた。床には書棚から溢れた専門誌が積まれ、足の踏み場に困る程だ。
あるいはこれが、ハルトの知らない所で行われていた、カズキの苦悩と奮闘の跡なのかもしれない。ハルトがくすぶっていたのと同じ時間、カズキだって悩み続けていたのだから。
結局ハルトは仕方なく、床に積まれた書籍の上に紙袋を置いた。
「それじゃあ、しばらくストライドは預かるよ」
「ああ」
ハルトが頷くと同時、上着のポケットからストライドが顔を出した。ハルトが差し出した手に乗り、カズキへと向き直る。
『よろしく頼むぞ!カズキ少年!』
ストライドが威勢よく言うと、カズキは小さく息を吐きながら、その小さな機体を恭しく受け取った。
「……最善を尽くすよ」
『マスター!私が居ない間も、ちゃんと宿題をやるんだぞ!それと、アイスは一日ひとつまでだ!それから……』
ストライドが電子音声で、次々と不在時の注意事項を並べ立てる。ハルトは思わず眉間に皺を寄せ、額を抑えた。
「お前は俺のお袋か?」
ぼやきながらリュックを開いて、ケースに収められたフライトユニットを取り出し、カズキに渡す。何気なく視線を泳がせ、ふと――視界の端に、見覚えのある輪郭を捉えた。
ハルトは吸い寄せられるように棚の方へ目を向けた。そこに佇む姿に、思わず息を飲む。女性的なフォルムを持ち、ストライドよりも細く優雅なラインを描くその機体は、淡い照明を静かに反射していた。
棚に置かれたアクリルケース。その中に収められていたのは、かつてカズキが事故で失ったプチボット、ゼファールだった。
ケースの向こうのゼファールは、事故の以前と変わらぬ姿を保っていた。しかし電源は入っておらず、透明なアクリル越しに見る彼女の姿は、止まった時間の中に封じ込められているようにも見えた。
「機体の修理は済んでるんだ。メモリも、バックアップデータから再生できる。」
ハルトの視線が何処に向いているのかを察して、カズキがぽつりと口を開いた。
「だけどそれは、消えてしまったゼファールが帰ってくるってことじゃないんだ」
科学が発展しても、魂の証明はされてない。AIに、プチボットに魂が宿るかどうかも。バックアップデータ、事故の以前にコピーされた記憶をインストールしたゼファールが、本当に前の“ゼファール”なのか、誰にも証明できはしないのだ。
「修理は済んでるのに、電源を入れる勇気が出ないんだ。何を言えば良いのか分からなくて、何を言われるのかと恐れてる」
どの面を下げて、彼女に会えば良いのか分からない――そう付け足して、カズキは自嘲するように笑った。その表情には、答えの見つからない問いが影を落としていた。
ゼファールは元々、カズキの齢の離れた姉が所有していたプチボットだ。文字通り生まれた時から共に居て、カズキにとっては、もうひとりの姉のような存在だったに違いない。それが失われた時の悲しみを、ハルトは想像することしかできない。
「いつまでも、このままってわけにはいかないのは、わかってるんだけどね」
カズキはゼファールから視線を外し、力なく笑った。ゼファールを覆う薄く透明なアクリルが、カズキにとってはどうしようもなく分厚いのだろう。
「それじゃあ、僕は作業を始めるよ。ハルちゃんはバイト頑張って」
「ああ」
作業台に向かうカズキを残して、ハルトは部屋を出た。ハルトに彼の悲しみを消すことは出来ない。
それでも友の為に、何かしてやりたいと思うのは、傲慢なことなのだろうか。
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